2017年11月4日土曜日

西脇市住吉町から登る高山と消防山

北の大樅峠から2015/01/24に登ったことのある高山ですが、今回は[1]を参考に南から登ってみました。登り口は住吉神社のある住吉町で、大通寺の隣に「すみよし桃源郷」という市民農園が作られています。その西側の林道を登りました。しばらく歩くと林道は終点になりますが、その先にも少し道があり、あとは木のまばらな岩の転がっている斜面となります。堰堤がいくつも作られているので、以前は道があったのかも知れませんが、今はほぼ藪です。いったん東の谷の堰堤(昭和60年度施行)を見てからトラバースして谷の奥に進みました。よく保存された炭焼き窯がありました。谷は伐採されていますが、自然林なので何のためなのか分かりません。伐採されていない斜面を選んで登ると徐々に勾配がきつくなり、木に掴まって登りました。一息つける場所に来ると、なんとなく神々しい(?)岩があってその前には作業道がありましたが、登っていく気配はないので枝尾根を登りました。登りはじめて1時間近くかかって、主尾根に出ました。道標が倒れてみたので起こしてみると、「←高山 地蔵の森公園→」となっていました。2015/01/24にも歩いていますが、高山へは登りで、トラロープがあるにしても道があるとは言えません。高山山頂には山名の杭と高山四等三角点(659.59m)があります。今回は木が切られていて、谷川方面の展望がありました。

高山から東に少し下ると展望が開けますが、南にとんがり山が本当にとんがって見えました。篠山方面も望めます。しかしこの付近は倒木が多く、かなりの藪となっています。2年間でかなり藪化が進んだ印象です。けやき峠への分岐をそのまま東に進んで、藪をこらえて591mピークに登りました。これは猿藪山という名前のようですが、地形図で見ても分かるように西側斜面は平面的な急斜面で、木が生えていないために扇を広げたような感じに見えます。天気はイマイチでしたが、西光寺山などが望めました(写真)。

591mピークからは東に降りましたが、これは藪の激下りで方向を確認しないと間違った方向に降りそうです。鞍部近くには最近倒れたと思われる大木がありました。コルは峠かも知れませんが、道は明瞭ではありません。この先は小さなピークが続きますが、ここにはいくつか大きな岩があります。三角おむすびのような形のもあって、パワーを感じました。尾根上に大岩がありますが、巻いて進めます。北側の谷は伐採が進んでいるように見えました。そして斜面を登って消防山四等三角点(542.08m)のあるピークに出ました。なぜ消防山なのかは分かりません。ここは迷いやすく、私は比延峠に降りるつもりだったのですが、それにはまず三角点から北に歩いてから東に降りる必要がありました。こちらの方向はピンクのマーキングがあり、踏み跡もありました。峠の近くまで来ると伐採地があるのですが、植林を伐採したという風でもなく、植えられているのも広葉樹で、意図が分かりません。このあと取り敢えず「昭和53年度保安林改良事業」という木の杭のある峠まで行きましたが、切通なので結局東に降りて、伐採地への道から峠に降りました。西に歩いても降りられたと思います。峠付近には文字の読めない石が建てられており、さらに西側には濫觴公園という水源を記念する公園がありました。あとは県道36号線を下って住吉に戻りました。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「谷川」です。

2017年10月31日火曜日

天橋立を見下ろす宮の谷三角点

天橋立は船で水面から見ても綺麗ですが、山の上から全貌を見る方が印象的です。天橋立の南北の山の上にはリフトで上がれる展望台がありますが、他の眺めはないものかと南側の山に登ってみました。出発点は西寄りの桜山です。ここは江戸時代からある展望台のようですが、今は登る人も少なく荒れた感じです。しかし低いながらも天橋立が斜めに見渡せます。ここは第一展望所となっているので、第二を目指してさらに登りました。

ここからの道は地形図どうりですが、木の階段があるもののかなり荒れています。倒木を避けて道から外れないと歩けない場所もいくつかあり、観光というよりは登山向きの道です。標高は大したことはないので、すぐに宮の谷四等三角点(179.14m)に着きました。三角点はシダに埋まっていますし、展望はありません。なので、本投稿のタイトルの「天橋立を見下ろす」は実は嘘です。道はここからも東に向かって続いており、木の階段が整備されています。ちょっと下ると道標があり、来た方向が文殊、北は「元十一面観音堂 吉野神社方面」南は「須津方面」向かっている方向は「須津峠」です。このルートは「須津峠園地散策路」だそうです。肝心の天橋立は木立の間で見え隠れしていてイライラしましたが、道から外れて展望の得られる場所がありました。写真はここで撮影したものですが、リフトで登るビューランドからの展望と比べると斜めに見えているのが特徴です。

ここが第二展望所なのかどうかは、しっかり確認しなかったので分かりません。実はこの時はこの先の標高200m+ピークに展望台があると思っていたのです。しかしそのピークまで登っても周囲は藪っぽい林です。東向きには黄色い「この先通り抜けできません 京都府丹後土木事務所」という看板があって、道標は須津峠0.3kmを指しています。通り抜けできないというだけで進入禁止ではないので、もう少し東に歩きました。荒れてはいますが地形図どうりに道がありました。ビューランドの方向に降りていくとシダが茂っていて歩きにくくなりますが、道はあります。シダの間を北側に少し出れば、ビューランド越しに天橋立を見ることもできました。ビューランドよりも標高が高いので、少し遠くはなりますが景観は良好でした。しかしビューランドに降りることは憚られたので、引き返して須津峠へ下山しました。

須津峠は深い切通になっていますが、その斜面に大きな木が生えているのは長い歴史を示しているということでしょう。東の西宮津公園の方へ降りましたが(この峠道は近畿自然歩道です)、途中は荒れた竹林で抜けるのに苦労しました。さらには道が川と化している場所もありました。降りてきた地点は宮津トンネルの出口ですが、ここから歩道橋で北側の山裾に渡るとロードパークと呼ばれているらしい竹林の中の遊歩道があります。工事現場の足組のような道ですが、それよりも周囲の竹林の荒れ様は見ものでした、それを抜けると展望台があるのですが、木が茂っていて見渡せません。しかも道路に降りるには鉄道を横切る必要があり、踏切を探して西宮津大橋をくぐって南に歩く必要がありました。とにかく、あとは海岸沿いを歩いて天橋立に戻りました。

展望 ★★☆
藪山度 ★★☆
地形図は「宮津」です。

2017年10月9日月曜日

山崎の生谷から長水山

長水山は何度も登っています。今回のコースはいわばフルコースです。登り口は山崎町生谷です。地形図にはクリーンセンターの裏から登る破線道があり、付近の登山地図にも描かれていますが、何の標識もなく見つけにくいので、谷奥の溜池(法師ヶ谷池、新池)まで行って、堤防の脇から登り始めました。「夢を育む森」だそうです。この道は生谷霊園(官弦寺墓地を昭和61年に移設)へ上がる道ですが、登山道の標識があります。少し左右から木の枝が出ている程度で歩き易く、登っていくと、まず展望台そして東屋があります。東屋には「やまさき町並み鳥瞰図」がありますが、残念ながら木が伸びすぎてどちらからも山崎町はほとんど見えません。しかし少し登ると岩場の展望台があって、揖保川沿いに南の方角が望めます。下三津四等三角点(223.98m)もあります。ここを過ぎると尾根歩きですが、三津への道標はあるものの道はほぼ消えています。木の階段が作られているのですが、正直なところ歩幅が制限される階段は苦手です。尾根の東側には荷造り用のビニール紐が張られており、松茸山のようです。「入山禁止」で「罰金10万円」だそうです。途中の道標で長水山への距離が∞になっていたのには笑えました。

あまり起伏のない尾根ですが、最後は急登となります。ここには階段があるので木に掴まらずに登れました。西に林道で迂回して登っても良いと思うのですが。山頂には五十渡四等三角点(412.47m)があります。周囲は静かな植林です。ここからは長水山まで一本の尾根歩きです。階段が多いのには辟易しました。生谷の案内板には「木の階段3250段」とありましたが、なくても登れるところにまで作られている感じがします。途中に東屋があって望遠鏡が設置されていますが、見えるのは木だけです。この登山道は手入れがされていない印象があります。2kmほどの尾根歩きですが、さすがに整備された道なので、登り始めてから2時間弱で長水山山頂に着きました。長水城本丸跡があり、この付近の山城には珍しく石垣がかなり残っています。山頂には信徳寺というお寺がありますが、車が登れない山頂によく作ったと関心します。本丸跡から南に行った所は城跡の平地で、山崎一帯が見渡せます。写真は揖保川沿いです。蔦沢2三等三角点(584.16m)はお寺の裏側にあります。

下山は山頂近くで分岐する宇野からの登山道を降りました。かなり荒れており、斜面が崩れて道が埋まっている所もあって、道を見失いそうになりました。途中に「危険 この先道ほそい」という平成26年度の卒業生(伊水小学校の?)の作った板が落ちており、これを過ぎると少し道が広くなり、木の階段もありますが、それでもガレ石で埋まっている所がたくさんあります。さらに下っていくと、草の間を抜けるのは良いとしても、谷に入ると土石流で木の階段が完全に流されて石で埋まっている場所もあって、登山道とは言い難いと思います。案内板ではこのコースは家族向きなのですが、かなり疲れる道でした。最後には平成28年に完成した巨大な堰堤がありました。堰堤があればその下は安全なのでその上はどうなっても良いというのでしょうか?途中の「是ヨリ○○丁」の標石の字も読めなくなりつつあります。宇野に降り立って、県道429で出発点に戻りました。

このルートは10年ほど前に逆向きに歩いたことがあります。その時は宇野からの登山道は階段の整備された良い道でした。全体に放置されて朽ちつつある登山道という感じがしました。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆ 下山以外は★ゼロです
地形図は「山崎」です。

2017年10月7日土曜日

大屋町の加保坂峠から大杉三角点

地形図を見ると、養父市大屋町の加保坂峠から西側は、比較的平坦な地形をしています。特に何もありそうもないのですが、のんびり森を歩くつもりで、どんな所か見に行ってきました。

加保から加保坂峠まで登る途中にはヒスイの原石が露出している所があります。ちょっと見学してから、峠のミズバショウ公園に車をとめました。この季節には公園は閉まっています。公園の金網の北側を金網沿いに登りました。最初は草が邪魔ですが、金網から離れて登るようになると低くアシビが生えている森になります。草が茂っている所は避けて登って、金属プレートの加保坂峠四等三角点(644.84m)に着きました。周囲はちょっと伐採してあります。

ここから西に尾根を歩きましたが、起伏が少ないのでいささか迷いました。植林が歩きやすいのですが、間伐していない細い木ばかりでした。自然林もありますが、地上のアシビが気になります。日当たりが悪いせいかあまり背は高くないのですが、歩くには邪魔です。しばらく登ると南側に林道の終点がありました。地形図でも南の林道から道が登ってきている付近です。次の広い720m+ピーク付近は小さく割れた岩が多く、氷河期に山頂の岩が割れた跡でしょうか?ピークから南西に降りると、鞍部では南に向かって水が流れていました。その先には大屋中瀬線一六鉄塔がありました。こんな山のてっぺんにある割には小ぶり鉄塔なので拍子抜けしました。1回線しかないので、北の中瀬の発電所の電気を山を越して南の加保の変電所に送るだけの送電線のようです。鉄塔の西側の植林は藪化しているので、南側の植林を巻いて742mピークに登りました。ここもアシビの生えた植林です。この西の鞍部は北側に湿地があり、そこから水が南に流れていました。平らな山頂ですので湿地があるのは分かりますが、植林を免れたのは喜ばしいことです。ここにはミズバショウは生えていないのでしょうか?そこまでの水はなさそうです。ここからは緩い登りですが、いきなり林道が横切っていました。先程の林道の続きでしょうか。面白い模様の入った岩の多い斜面を登ると平坦な自然林となりますが、アシビが邪魔です。山頂の平坦地はアシビや背の高い草が茂っていて抜けられないので南を巻いて進んで、大杉三等三角点(794.27m)を見つけました。アシビに半分覆われています(写真)。

三角点の西は下り気味ですが、途中でまた湿地を見つけました。この付近は痩せた木の植林ですが、林道がありました。付近を間伐したのか、あちこちにぬかるんだ林道があります。おかげで方向が分からなくなり、720mピークを目指していたのに逆に東を向いて750m+の細尾根を歩いていました。逆方向なのに気づかないで東に歩くと、また湿地がありました。さっきの湿地の下にあたります。ここで間違いに気付いたのですが、わざわざ泥だらけの林道に戻る気もしなかったので、ここから尾根を降りました。ここも間伐されていない植林ですが、歩き易く、問題なく南の林道に降りられました。北の林道(相地轟線)は舗装されておりGoogle Street Viewで見られますが、こちらは未舗装でところどころ水が流れて川になっています。南の林道の名前はこの付近では天谷線で、東に行くと加保坂線です。法面はコンクリートで補強されている場所も多いようでした。林道の起点は、南北の林道が西側で一緒になる所にあるようです。また、大屋町筏から峠を越えて轟に至る道は、相地轟線と合流する地点から筏側は通行止めになっていました。

一般的な意味での登山でもハイキングでもありませんが、森林浴は楽しめました。

展望 ★☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「関宮」です。

2017年9月30日土曜日

養父市八鹿町の大徳山

養父市のホームページを見ていたら、大徳山に関する記述がありました([1])。山頂には寺院があったとか、蔵王権現の石像とか、面白そうなので登ってみました。登り口は左近山にあるというので、左近山に行きました。

地形図では左近山(山ではなくて集落です)から山に向かって破線道がありますが、航空写真で見るとここには巨大な堰堤がありますし、地形図にはない道もあります。そこでとりあえず住宅の間を登っていきました。延命堂まで登り、その前の細い道を真っ直ぐ上に登っていくと、林道のような道に出ました。どこから来ているのか分からないのですが、目の前に両開きの害獣避けの扉があったので、そこから山に入りました。すぐにお稲荷さんがあり、その先には動物捕獲用の檻があって、角の生えた鹿が中で暴れていました。誰かがすぐに処理してくれることを祈りつつさらに登ると、植林に入りました。ここからは植林を標高差350mほど真っ直ぐに登りました。地形図でわかるように、急斜面と少し平坦な場所が交互にあります。急斜面は場所を選ばないと四足でないと登れない所もありました。1時間近く辛抱強く登ると藪になり、地形図にある林道に出ました。ここから更に山頂の尾根まで真っ直ぐに登りましたが、ここはかなりの藪でした。

山頂の尾根に出ると、反射板がありました。「国有財産 大徳山反射板」と書いてあり、近畿地方建設局が建てたものです。八鹿町中心部方面が見えます(写真)。ここから山頂までは平坦ですが、藪っぽく、中央には古い金網もあって、あまり軽快とは言えません。山頂には広谷二等三角点(555.74m)といくつかの登頂パネルがありますが、地面に置くタイプのパネルが珍しいと思いました。落ち葉で埋まっていないのは、ときどき誰かが来て掘り起こすからでしょう。山頂からは南に尾根を降りました。時折東側に展望がありますが、広い展望はありません。地形図どうりこの尾根はわりと平坦ですが、幅が狭いので大きな建物があったとは思えません。真面目に探したわけではありませんが、歩いている限りでは人工物と思われるものは見つかりませんでした。標高が下がると徐々に藪が増えてきます。途中の標高470m付近で、大きな穴がいくつかある不思議な地形に出会いました。その下では地面に塩ビの管が埋まっており、どこかに共同アンテナがあったのかも知れません。じっさい標高200m付近まで降りると、共同アンテナの残骸が二箇所にありました。この付近からは東に尾根を降りて、北近畿豊岡自動車道の八鹿トンネルの東側に降りました。ここは登り始める前に様子を見て降りやすそうだった場所でしたが、予想どうりでした。

大徳山についてはWikipediaにも記述があります。登山道はいくつかあるようです。

展望 ★☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「八鹿」です。