2018年3月7日水曜日

三田の千丈寺山

一等三角点のある千丈寺山は人気のある山です。Wikipediaにもエントリーがあるくらいですが、その記述を読んでいて気になったのは途中にある高根山で、城山だそうです。そこで、高根山を経由して登ってみようと思いました。

感神社から千丈寺山に登山道があると書いてありますが、高根山にもあるだろうと思って探してみました。高根山の裾を巻いている道を歩くと、「NHKケーブル埋設」の杭があり、そこから山頂にまっすぐ切り開きがありました。ケーブルを埋めるだけですので、登りやすくする必要がないのは分かりますが、直滑降の道でした。標高差は150m程度なので、頑張って一気に登りました。362mの山頂には、当然共同アンテナがありました。千丈寺湖の展望が良好です。Wikipediaには石積みがあると書いてあるので探してみたのですが、見つけられませんでした。西側をちょっと降りると平坦地があるのですが、その下は岩場の絶壁なので石積みが必要とは思えません。

Wikipediaには高根山が千丈寺山への途中にあると書いてあるので、ここからは東に尾根を目指しました。この方向には道はなく藪なのですが、下草はないので枝を避けながら斜面を降りました。それほどの急斜面はありません。鞍部で藪を抜けたと思うと、その先の登りも藪でした。しかしこちらも下草はなく、最後にちょっと急勾配になる程度で、辛抱強く枝をかき分けて登りました。430m+まで登ると、南の北浦天満宮から登ってくる道に出て、あとは文句なしの尾根歩きになりました。時々展望もあって良い感じです。460m+ピークは東に巻いて、千丈寺山への登りになるとトラロープがあります。岩場を登ると再び千丈寺湖を望める展望所があります(写真)。一休みしてちょっと北に歩くと、千丈寺山の山頂です。さして大きくもない千丈寺山一等三角点(589.54m)があります。ちょっと下がると、感神社に遥拝所のある千丈寺山大権現が祀られています。

千丈寺山からは北に歩きました。山頂の北側は岩場ですが、それを過ぎて少し歩くと松住大権現の石祠があって、その前は焚き火を囲んで座れるようになっています。「てんぐの森」はここから下山するようですが、さらに道の不確かな北のピークに上がると、北千丈寺山(576.9m)と書いた札が下がっていました。ここから北は下り坂で、左右から枝が出ている所もありますが、あまり迷わず降りられました。ただ、標高460mで尾根は岩場となって、道は西側を巻いているようでしたが、よく分からなかったので真っ直ぐ尾根の藪を突っ切りました。突っ切ると道があって、そのまま鞍部まで降りました。鞍部は道が横切っていました。

ここから西に下山するのが普通だと思いますが、少し歩き足りない感じだったので、さらに北に斜面を登りました。こちらは登山ルートではないにしても、たまにマーキングもありますし、かなりの場所で切り開きもあります。地形図で峠の北で尾根を横切っている破線道は、あったとしても気が付きませんでした。地形図で500mの標高線がちょっとだけある山頂は、特に何もありません。ここからは下山することにして、北西に尾根を降りました。途中で尾根が広くなって方向がわからなくなり、なんとなく北寄りの尾根が楽そうだと思って降りたのですが、実際はかなり北に寄っていて、谷に降りてしまいました。谷の北側は伐採されていて、谷沿いには道があり、それを歩いて問題なく下山できました。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「藍本」です

2018年3月3日土曜日

和気の大王山と高星山

和気から吉井川を遡ると、川はほぼ直角に西に蛇行します。それから再びUターンして東に向いてから北に行くのですが、Uターンの先にあるのが佐伯大橋で、その北にあるのがこれらの山です。この付近については[1]に詳しい解説がありますが、大王山の南にある蜜厳寺跡が気になったので、まずここに行ってみました。

米沢の墓地(元禄時代の墓がある)から、地形図の破線道(イガヤ谷)を北に歩きました。これは車でも通れる良い道です。蜜厳寺跡への登山道を探したのですが、見つかりません。害獣捕獲用の檻が置いてある場所の付近のようでしたが、特に目印もなく、どう川を渡ったら良いのか分からずにいたら、道路沿いに罠の仕掛けてある付近から川向うを見ると、なんとなく人工的な地形に見えました。そこで渡ってみると、川に沿って北に向かう道(の跡)がありました。これを歩いていくと、徐々に山の方へ向いて、真っ直ぐに登って行っていました。とても急なので本当に道だったのか、あまり確信は無いのですが、昔は階段があったと思えば不自然ではありません。さすがに斜面の上まで来るとシダがはびこっていましたが、そこを抜けると平坦地があって、石灯籠と思われる石もありました。この付近は蜜厳寺の端に当たるようです。[1]では、ここよりも南の谷を登っています。

平坦な場所が続き、蜜厳寺はかなり大きな寺院だったことが分かります。平坦な場所が斜面に作られており、それを東へ歩いて行きました。石積みもありますが、木が生えて藪化している場所もあります。広い平坦地に石塔のようなものがある場所が本堂跡でしょうか(写真)?山側の石積みは炭焼き窯の跡にも見えました。さらに東に行くと平坦地が上に下にあって、広さに関心しました。その東の尾根には鐘楼跡があるそうですが、石がある程度でした。ここから大王山へ登り始めました。マーキングがあって、迷うこともなく山頂に着きました。大王山三等三角点(434.25m)がありますが、展望のない藪です。

大王山からは真っ直ぐに北に歩きました。ちょっと藪っぽいとは言え、切り開きがあります。途中で地形図では破線道が横切っており、これは古い林道でした。その北は少し荒れてきますが、逆に足元はしっかりと盛り上げられた道もありました。そして、和気町と赤磐市の境の尾根に出ました。ここから北西にこの尾根の切り開きを歩きましたが、幅が広くて迷いがちでした。そして道の終点に出たと思ったら、そこから広大な伐採地が広がっていました。ススキが茂っていて道以外は歩きづらいのですが、展望は良好です。航空写真でも目立つ場所ですが、単なる伐採地というより、別荘地開発でも計画したのかも知れません。川向うには延原の集落が見えます。伐採地の北の端まで行って、藪の中の標石が40cmも露出している余田四等三角点(441.13m)を見てから引き返し、伐採地の道をなるべく使って、でも最後はススキの間を歩いて尾根に戻りました。木立の間を少し歩くと高星山に出ましたが、やけに平坦でどこが山頂か分かりません。札の一つでも掛かっていればそこにしてしまうのですが、テープが4本巻いてあった大きな木が山頂ということにしました。

下山は高星山から真っ直ぐ南に歩くことにしました。最初はマーキングがあって盛り土の道や切り開きもあったのですが、徐々に確信が持てなくなってきました。しかし倒木が多いだけで、我慢して倒木を避けつつ枝を押しのけて歩けば、ゆっくりですが進めました。盛り土や溝の道のようなものも、時々あります。347mピークでは間違えずに南東に曲がりましたが、その先は方向が定まりません。斜面を歩いたりして、なんとか西側の谷には入らずに東の細い尾根を歩けました。ここも倒木だらけですが道があるような感じです。このあと283m地点の付近は広い平坦地で、特に何もない藪でしたが、ここも道があるようでした。ただしこの道は南西の本矢田部の方へ行っているようで、戻って南東の尾根に向かいました。こちらは道はありません。しかし、しばらく降りていくとシダが増えてきて、そうなると却って道がはっきりしました。とは言うものの、シダが生えすぎて道が分かりにくい箇所もたくさんあります。とにかくここはめげずにシダの生えた急斜面を降りて、岩の多い付近を過ぎるとやっと普通の林になって、最後は金網に達しました。金網沿いに歩いて、道があったので金網を乗り越えて外に出ました。出発点のすぐ近くでした。

この下山ルートは全くお勧めできません。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「周匝」です

2018年2月28日水曜日

和気の外国山から円光寺山

外国山は岩場の上に赤白の鉄塔が立っていて目立つ山で、地形図にも名前が載っているので一度は登ろうと思っていました。名前は「そとくに」だそうで、国山の南にあります。

登り口はネットで調べると最も多く出てくる東側にしました。これは送電線の巡視路で、とてもわかりやすく、快適に登れます。笹やシダの間を登るかなりの急勾配で、ぐいぐい標高が上がるのも楽しいのですが、岩場はあまりありません。途中でも展望を楽しみつつ、20分も登ると本四連系線第二二三号鉄塔に出ました。本四を結ぶだけあって碍子の数も多く(50万ボルトらしい)、瀬戸大橋からやってくる重要な系統のようです。展望良好です。北に歩くと岩場がありますが、その先は平坦な道で、途中に外国山四等三角点(257.44m)があります。そして二二四号鉄塔に着き、そこからは激下りとなります。しかし整備された巡視路なので問題ありません。降りた鞍部は北に下山できるようでしたが、さらに北に巡視路を登りました。

ひとしきり歩くと木に「ワコウ」(円コウか?)と彫られて矢印が西に向いていますが、北向きに「東円光寺 春日神社」という道標もあります。この道標はどう考えても西向きのはずだと思ったのですが、とりあえず北に降りて二二五号鉄塔を見て、やはりおかしいと思って戻り、西に歩きました。この方向は巡視路ではないので倒木の多い藪です。マーキングは少ないですがあります。途中の240mピークの北側からは道らしくなりました。少しシダも生えています。いったん180m+の鞍部に降りて南に登りましたが、倒木はありますが下草がないので歩き易い山でした。252mピーク(畑山)を過ぎて西に尾根を曲がると、木の間に切り開きがあって、ますます歩き易くなりました。木に横木を付けたり、棒を立てたりと人工的な所作が見られますが、意味不明です。

円光寺山の沢原三等三角点(250.5m)は下草のない林の中にあります(写真)。下山はそのまま西に適当に歩きました。平坦な林の中で方向がよく分かりませんが、道のような所に出たので歩いていくと、共同アンテナがありました。道があるようなのでそのままケーブルを辿って斜面を降りました。最初は道らしかったのですが、そのうちにマーキングも無くなりました。急斜面で砂地ですが意外と降りやすく、最後はケーブルとも分かれてしまったのですが、堰堤まで延びている道路に出られました。途中に展望地がなかったのが残念です。

[1]を見ると、東円光寺への道標は昨年は西向きになっていたようで、1年で90度回転してしまったようです。

展望 ★★☆
藪山度 ★★☆
地形図は「万富」です。

2018年2月24日土曜日

和気の石仏山から城山・衣笠山

山陽自動車道を東に向かって走ると、和気ICを過ぎた付近の左手に、斜面にジグザグの登山道が見えます。その上には送電線の鉄塔があるので保守路だということは分かるのですが、あまりに明瞭な登山道なので、いちど登ってみたいと思っていました。今回はその思いを叶えてみました。

和気ICから山陽道沿いに東に入ると、溜池があります。その北側に道があり、害獣避けの扉を通ってさらに東に行けます。この道は山陽道の保守路に繋がっています。溜池付近の北側にはJRの送電線があって、溜池の東の森のなかには「万富~三石39」鉄塔がありますが、あまり高くないので木が成長したら困りそうです。そのすぐ先に北に入る道があり、入口には中国電力岡山電力所による「お願い」の札が立てられています。ここからは期待の尾根登りです。見て分かる通りに良く整備された道で、急勾配の尾根をぐいぐい登れます。小石が多くて少し滑りますが、特に登りにくくはありません。途中で山陽自動車道の写真を撮りました(写真)。登り切ると南津山線18鉄塔がありました。

今日の目的はこれで果たせましたが、山歩きはこれからです。保守路を歩くと次の鉄塔への分岐がありますが、ここは右への道(地形図の破線道)へ向かいました。鞍部に出ると西の260m+ピークへ行く道もあったので、ちょっと行ってみましたが、広々した藪でした。破線道は鞍部で下へ行ってしまうので(ここには「備前周匝線19」の立て札が倒れていました)、そのまま斜面を登ると道標があり、左が「吉永・向山」右が「石仏三角点へ」下が「日室・本荘小学校へ」でした。向山の方へもちょっと行ってみましたが、大きなシダが生えていたのでやめました。ただしもっと東に行くべきだったような気がします。三角点へは軽快な尾根で、シダ藪の中の稲壺三等三角点(283.12m)に着きました。

三角点からは山陽自動車道を越えて南の山へ行こうと、尾根を東に歩きました。この付近はシダが生えていますが、道標が多く、来た方向は「石仏山、向山経由斎場」です。東の方は「ゴアテックス方面」のようで、向かっているのは「山陽道越えて観音寺方面」となっています。確かに観音寺に繋がる尾根です。次の240m+ピークの尾根に上がって東に歩くと、尾根上に大きなシダが茂っている手前にトラロープが直角に張ってあり、ここで南に曲がるのだと分かりました。南に斜面を降りると「万富~三石43」鉄塔です。そこからは稲坪トンネルの上ですが、南向きには「城山方面 観音寺山 広域農道方面」となっていて、向かっている城山へも道がありそうでした。

トンネルの上を通ると南へ登りになりますが、意外と急勾配でした。260m+の広いピークに出ると、西に向かう道を探しました。登って来てすぐの付近から西へ降りるマーキングがありました。ここから西の城山、衣笠山までずっとマーキングがあります。しかし間違えやすい場所にはたくさんマーキングがありますが、自明と思われる場所にはほとんどありません。自明かどうかの判断は難しく、何回も道を外れました。272mピークから南西に尾根を歩き、西に曲がらないといけないのですが、道を見失って彷徨い、やっと尾根を見つけて歩いて行くと今度は谷に降りてしまい、尾根に戻ると道があって備前周匝線16と17への道標がありました。この備前周匝線の鉄塔は見当たらず、撤去されたのでしょう。この道は南の谷から上がってきており、南津山線16鉄塔へ通じていました。この鉄塔から先はシダが増えて歩きにくくなります。マーキングを見失うことも多く、急斜面もあってGPS必須となりました。シダの合間を縫って尾根を歩き、いきなり岩が増えたと思ったら、城山236mでした。北側に展望が広がります。高速道路のすぐ上にあるため、岩が崩れないようにワイヤーで固定してあります。さらに西に下山する道がありましたが、これもシダの間を抜ける急斜面です。しかも地形図どうりに岩場が多く、危険でもあります。途中のマーキングで次のマーキングが見つからず、適当に歩いたらシダに嵌ってしまい、道のない急斜面を歩く羽目になりました。展望の良い岩場の上に出ましたが、当然真下には降りられないのでシダの中を南にトラバースすると、マーキングを見つけました。あとは忠実にマーキングに従って降りましたが、危険な斜面です。

城山の西は衣笠山との間に鞍部があります。ちょっと北へ降りると角の付いた鹿の頭蓋骨が木にマーキングの赤いテープで固定してありました。悪い趣味です。しかし赤いテープに従って行くと、城山と衣笠山への道標がありました。衣笠山への赤いマーキングに従って登り始めましたが、状況は城山と同じで、シダの間を縫って登りました。背丈よりも大きなシダの塊もあって、避けながら歩きましたが、場所によっては背丈ほどのシダをかき分けて登る所もありました。南に展望のある岩場もありましたが、斜面は砂地が多くて滑りやすく、シダの間では足元も見えないので危険でした。何回かマーキングを見失ないながら登っていくと、ようやくシダだらけではありますが平坦な場所に出てきました。シダと藪を抜けると、道に出ました。すぐに衣笠山250.4mの山頂でした。衣笠山四等三角点(250.44m)があります。北方面が見渡せる気持ちのよい場所でした。山頂からは道を歩いて下山しましたが、最初に平成22年設置のまだ現役らしい共同アンテナがありました。その下には鉄塔がありますが、電線もアンテナも付いておらず、何の目的のものか分かりません。かなり古いもののようでした。この付近も急斜面なので、歩き易い植林の中を通ったりして下山しました。

いつも見ていた尾根道を登れただけで満足でしたが、城山と衣笠山は一級の藪山で、藪山探検も堪能できました。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★★
地形図は「和気」です。

2018年2月18日日曜日

佐用の庄ノ上山

佐用の西の外れにある庄ノ上山は、地形図では知っていても、低山で登山ルートを決めかねていました。とりあえず杉坂峠から南に中国自然歩道があるので、これを使って行ってみました。まずは先日(2018/01/21)も行った杉坂峠の史跡に行きました。「杉坂聖蹟口」と石に彫られていますが、戦前は児島高徳に関連して聖蹟だったのでしょう。江戸時代の道がどこを通っていたのかを考えてみたのですが、深く切り通しが掘られた現在となっては、この遺跡に佐用側から登って来る道は想像できません。

史跡からは南に歩きましたが、自然歩道はあまりにも整備された道です。地形図では、杉坂峠の南東には東に折り返したような形に細い尾根が二本あるのですが、自然歩道は西側を通り過ぎるので、まずこの尾根を見に行きました。切り開きがあって、植林の尾根に上がれました。倒木が多く荒れ気味ですが、広びろした場所です。ぐるっと尾根を廻って自然歩道に戻りました。この先も、自然歩道はピークを巻き気味なので、尾根に上がって県境を歩きました。350m+の東西に長細いピークにも登って地形図どうりに平らで広いことを確認しました。ここへは東側から林道が登ってきており、草地になっています。この付近の植林はまだ若いのか、細い木が多いようです。自然歩道以外にも林道はたくさんあって、方向を間違え気味でした。

幅広いピークから南に降りると、地形図では建物がいくつか描いてありますが、いずれも廃墟です。ちゃんと残っているのは、いくつかの古い石碑と赤い消火ホースの箱だけでした。ここは道の交点になっています。ここから南の山に急斜面を登り、荒れた県境を歩きました。上月町の地籍図根三角点がありました。大回りして再び自然歩道に戻ると、土居方面への道は舗装されています。自然歩道は蓮花寺の方へ斜面を登って行きますが、目的の庄ノ上山には行きません。この付近はススキが繁っていますが、それをかき分けて尾根の東側に道を見つけて登りました。ススキだらけの道ですが無事に植林の尾根に上がれました。ここからは県境の荒れた尾根歩きですが、ところどころに土を盛った道がありました。300m+の鞍部に一度降りて登り返すと、北側に林道が来ていました。それには頼らず荒れた県境を登ると、斜面の木に杉坂峠への道標が掛かっており、ここが登山道だと知ってびっくりしました。確かに赤いマーキングがあります。この長い尾根も荒れ気味ですが、問題なく歩けますし、途中で南から道が上がってきて、庄ノ上山近くは道がありました。山頂には宇根二等三角点(379.74m)がありますが、山名の札などはありません。

山頂からは南に歩きました。この付近には珍しく大きな岩があり、その付近の380m+ピークで県境は東に折れ曲がりますが、ここには二体の小さな石仏(不動明王と役行者?)と宝暦4年(18世紀半ばです)の供養碑(?)(「奉供養大峯山上」と書いてある)がありました(写真)。峠とは呼べないような場所なので驚きました。ここから東に降りて(ここにも杉坂峠への道標)、地形図にある南北の破線道を探しましたが、北側は笹薮と植林で道はありません。それでも植林の中を北に降りて行くと、林道の終点に出ました。

ここからは林道で下山しましたが、地形図とは違っていて、西寄りに歩くと地形図で四角く閉じた破線道の南東隅に出て来ました。北へは舗装されていましたが、北から西へ電線が延びていたので西に何があるのか見に行きました。地形図ではこの付近にはいくつかの建物が描かれていますが、どれも荒れ果てた人家でした。中には潰れた家屋の隣にしっかりと鍵の掛かったイナバ物置があって、窓が封鎖されていることもあって、何なのか気になりました。一番大きな家はしっかりしており、鶏小屋もあってまだ住めそうな感じでした。都迦之大神と書かれた小さな祠もありました。地形図ではここから北に破線道があるのですが、見つけられずにしばらく尾根を降りました。その後で道を見つけましたが、途中で消えてしまい、最後は小川を渡って舗装道路に出ました。そのまま皆田まで下山できました。

3時間ほどの短コースでしたが、意外とバラエティがありました。自然歩道を歩けば楽でしょうが、発見は少ないでしょう。それにしても、あちこちから響く銃声には肝を冷やしました。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「佐用」です。