2007年4月29日日曜日

山崎の高取山

山崎の高取山は,宍粟郡山崎町の東側の山です。25000分の1の地形図だと,498mピークだけが載っていますが,その南のピークが高取山です。

登山道がよく分からなかったので,まず須賀沢の石作神社に行きました。山に入る道が神社の裏手にあることはよくありますが,この神社の裏手には林道のような道がありました。ちょっと歩いたのですが,水平な道でいっこうに山に登らないので,谷になっている所で斜面に取り付きました。急斜面をちょっと登ると尾根に出て,そのまま送電線の鉄塔に出ました。これは山崎線14という鉄塔で,東側で送電線が二方向に分かれています。

この付近で,良く整備された道があることに気がつきました。実は,この山は「やまさき 彩りの森」として整備が進んでいるのです。西の花菖蒲園の近くにある聖山城趾から,「深呼吸の広場」を通って遊歩道が整備されています。この送電線から高取山の頂上までは1400mとなっています。実は神社の裏で見た林道も,このハイキングコースに繋がっていたのでした。もう少し辛抱して歩いてみればよかったのです。

よく整備された「ハイキングの森」を歩きます。「ツツジの展望広場」に出ます。送電線の「火の用心」の札も立っていますし,木のベンチ(箱みたいなもの)が置いてある場所もあります。このベンチは動かせるので,日陰に持って行って休めるので良いアイデアだと思います。

そして「健脚向けルート」を登って一気に頂上に出ました。途中の道でも山崎側の展望は良かったので,頂上の展望は感動するほどのものではありませんが,中国自動車道越しに南側の山(上ノ山から塩野三角点)が見えます。ちょっと東の方に行くと,「安富方面展望ポイント」があって,安志がよく見えます。ここには登頂記念の石が積んでありました。写真はここから谷を挟んで東に見える尾根です。この尾根を目指すことにしました。倒木が気になりましたが・・・(写真)

ここから498mピークに向かう道は整備されていませんが,山道としては十分に歩きやすい道です。送電線の巡視路にもなっているようですが,花菖蒲園の方向には入山禁止の札がかかっている場所もあり,松茸でも採れるのかも知れません。468mピークには特に何もありません。さらに尾根を東に歩き,送電線と分かれて町界に向かいます。この辺は道が不明瞭な植林で,尾根が広いのでちょっと迷いました。

このあと,518mの安志三角点までは雑木林の中の尾根です。岩が露出している場所が多少ありますが,歩きやすかったと思います。三角点には赤と白の測量用のポールが立っていました。その先は植林となります。高取山から見えていた倒木地帯に近づくと。尾根にも倒木がありますが,乗り越えられないほどではありません。高取山の頂上がよく見えるようになります。この付近が地形図の473m地点でしょうか。

ここからは下りです。植林や雑木林の急斜面を降りてゆきます。かなり降りて,やっと安富三角点(285m)に出ました。この三角点は丸い金属板ですが,国土地理院の杭が立っているので発見は容易でした。ここからは町界沿いに安志峠に降りるつもりでしたが,結局難しくて西側の尾根を降りることにしました。藪を少し抜けて降りた場所は木材流通加工センターでした。急いで29号線に出ました。

整備されたハイキングコースと,ちょっと藪っぽい山歩きの両方をエンジョイできるルートでした。

展望 ★★★
藪山度 ★☆☆

2007年4月28日土曜日

山崎の最上山

山崎の最上山(さいじょうざん)については,ネット上にいくつも記述があります。最上山そのものは公園になっており,多くの句碑や西洋風の見晴台(下から見るとホテルかレストランにしか見えない)とかギリシャ彫刻・近代彫刻などがあって楽しめます。頂上の篠之丸城趾まではきつい登りですが,すぐに登れます。

頂上から西へ尾根沿いに行くには,ジャングルジムやログハウスの方へ歩き,林に入ります。すぐに山崎三角点があります。これが長い尾根歩きの始まりです。

次の三角点は高下ですが,ここまでは歩きやすい尾根道です。整備されているとは言えませんが,障害物もあまりありません。多くの人が歩いているという印象です。384mピークの付近は南側に展望が開けています。次の高下三角点は倒木の下にありましたが,この付近も歩きにくいことはありません。

問題は380m地点を過ぎて472m地点からで,ここから上牧谷の三角点までは大倒木地帯となっています。尾根は歩けませんので斜面を歩くことになりますが,急勾配の植林です。上牧谷三角点の付近は倒木で埋まっており,三角点の標識は広い頂上の東の隅で倒木に隠れていました。角がかなり削れてしまっています(写真)。この付近には標識や荷造りテープの境界設定もあるのですが,なによりもまず倒木を片付けてほしいと思います。容易でないことは分かりますが。

尾根の倒木を歩くのに疲れて,上牧谷から下山することにしましたが,道があるわけではありません。適当に植林の中を降りましたが,ひどい目に遭いました。最後は青木の砂防ダムに出てきました。お勧めコースは,この三角点は避けて,380m地点から東側だけを歩くことだと思います。上牧谷から北西の,横野三角点の南側の鞍部までの道も興味はありますが,倒木がひどそうな予感がします。この付近は伊沢川沿いのバス路線が廃止されてしまったために,山歩きルートを設定しにくくなっています。

展望 ★★☆
藪山度 ★★☆ 倒木あり

2007年4月27日金曜日

小野豆から上郡

上郡に小野豆という平家落人伝説で有名な村があります。ここは近畿自然歩道が通っているので,歩いて行ってみようという気になりました。

相生駅からスプリング8行きのバスに乗って,瓜生東で降ります。ここから西に歩きます。瓜生の村を抜け,大池の北側を通って,まず峠を抜けます。出てきた所は矢野町小河(「おうご」と読むのでしょうか)。ここには宇麻志(うまし)神社があり,参拝してまた山に入ります。

近くに西播変電所があるため,送電線がたくさん通っています。特に山の一番高いところにある送電線は巨大なもので,しばらく感動していました。道は流石に近畿自然歩道で,とても良く整備されています。あちこちに関電の「火の用心」があって寄り道したくなりますが,先を急ぎます。

バスを降りて1時間半ほどで,小野豆に到着です。山間の小さな村です。村に入るところに,「国威宣揚」と彫られた石が建っており,「小野豆少年少女団」とありましたが,この小さな村に何人の少年少女がいたのでしょうか?ここは平経盛が潜伏していたという伝説があって有名です。調べると歴史上は経盛は壇ノ浦で死んだことになっていますし,他にも経盛の墓はあるようなので,伝説と思った方がよさそうです。経盛が隠れていたという「ジャンジャン穴」を見て,「平家ふれあい公園」に登ると,南の展望が開けます。

ここが終着点ではありません。小野豆は陸の孤島です。山を下りなければなりません。近畿自然歩道は北の鞍居川に降りるようですが,それではつまらないので,上郡まで尾根を歩いて行くことにしました。地形図には林道が描かれていますが,じっさい良い道です。あまりに歩きやすくて面白味がありません。すぐに西播東岡山線8という紅白の鉄塔に出ますが,ここに小野山の四等三角点があります。この先は長い林道歩きで,1時間ほど歩くと,可愛らしい祠があります(写真)。どう説明して良いのかわかりませんので,写真を見てください。大正時代の雨乞いの石碑とか,NHKのアンテナがあり,近くに留山三等三角点があります。大柿さんのプラスチック板によると,ここは祇園山と呼ぶようです。

ここまでは退屈な林道歩きですが,ここからはエキサイティングな藪山歩きになります。20分ほどで開けた場所に出ますが,ここは鉄塔を撤去した跡です。南に展望が開けます。地形図の379m付近でしょう。この先は尾根道もありますが,藪もあります。40分ほどで次の鉄塔(上郡線16)です。この後は送電線の巡視路を辿って,上郡線17からは藪を降りました。上郡東町の奥にある溜池に出てきました。バスを降りてから千種川に達するまで約5時間でした。遊歩道や林道が多いので,あまり疲れませんが,最後は巡視路を上手に利用すれば,もっと楽に山を降りられたと思います。

展望 ★★★
藪山度 ★☆☆ 最後は藪だった

2007年4月21日土曜日

大鳴渓谷

大鳴渓谷は,佐用郡佐用町,大型放射光施設スプリングエイトの西側,冨満の北側にあります。この渓谷について書く前に,その南の金出地ダムについて書いておきます。

金出地ダムは最初播磨科学公園都市の水源として工事が始められましたが,科学公園都市の人口があまり増えないことから建設は中断されました。その後鞍居川の治水事業として平成18年度から工事が再開されたことになっています。しかし,金出地ダムは,2007年夏現在何の工事も行われていません。予算は依然として調査や設計のためのものなのかも知れません。

金出地ダムは金出地から見に行くと,道路にゲートがあって立入禁止の大きな看板が何枚もあり,近づけません。しかし,北の三原から渓谷沿いに歩いていけば,自然に建設現場に入ってしまいます。三原から金出地に抜ける道は,科学公園都市ができる前は主要な道路であったらしく,車のすれ違いは困難ですが,舗装されています。建設現場には,現在は九本松橋という大きな橋が架かっており,西側の斜面にも幾つか大きな橋があります。どうやら金出地から冨満と三原に向かって新しい道路ができるようですが,ダムの周回道路は完成していません。また,ダムそのものは全く着工されておらず,どこにダムが出来るのか悩みました(最近の1/25000地形図には書いてあります)。

さて大鳴渓谷ですが,これは三原から金出地に抜ける渓谷から西に分岐しています。まず三原から金出地への道ですが,何度も鞍居川を横切るので橋がたくさんありますが,それぞれ名前が付いているのが興味深いところです。「堂床橋」「釜鳴橋」「流尾橋」など,誰が名付けたのでしょうか。スプリングエイトの西から金出地ダムの工事現場の北側まで,かなり深い渓谷で,風情があります。ダムが完成した暁には,清流沿いのハイキングコースとなるかも知れません。

大鳴渓谷へは,その三原から金出地に抜ける渓谷(冨満渓谷と呼ばれることもあるようです)から地形図上は破線道が延びています。ちょうど佐用町と上郡町の境界付近です。しかし,実際にこの地点に行くと,このような道は見あたりません。破線は沢の南に書いてありますが,ここは急斜面の岩場で,明らかに道はありません。北側の方がまだ歩きやすいのですが,私は無理して南側を歩いて大鳴渓谷に入りました。

水のある沢に両側から斜面が迫っており,歩きにくいことこの上なく,斜面を横切って沢を登っていくしか方法がありません。しばらく辛抱して歩くと,石垣が現れます。地形図にもありますが,この渓谷には畑があります。ただ,現在は全く耕作が行われていないので,藪になっています。石垣は畑を整地するためのもので,非常に隠し田的な感じのする場所です。一番近い村は大畑ですが,大畑の田圃を見に来た徴税役人がこの渓谷に気がつくとはとても思えません。現在は耕作されていませんが,護岸工事にコンクリートを使っている部分もあり,赤いプラスチックの杭があるところを見ると,全く忘れ去られているという訳でもないようです。

沢を登っていくと,植林が現れ,道も良くなります。この先の畑で,「東急」と書いたコンクリートの杭を見ました。こんなところを開発・・・でしょうか?

林道は大畑の方に登って行ってしまい,沢沿いは再び石垣で整備された段々畑になります。沢の一番上流はどうなっているのかよく分かりません。地形図にある破線道ははっきりしませんが,適当に藪を抜けて斜面を上がると道に出て,大畑の南西の舗装道路に出て来ました。

この渓谷は,ドライブマップでは紅葉のマークが付いています。どうやってドライブで見に行けるのか想像がつきませんが,狭い渓谷に耕地を作った努力は大したものだと思います。昔はこんな所まで耕して作物を作らないと生活できなかったのでしょう。近くの村の平家伝説と相まって興味深い渓谷歩きです。

展望 ★★☆ 渓谷なので展望はありません。秋の紅葉の期待点です。
藪山度 ★★☆

2007年4月8日日曜日

与位の宮山

山崎の北に与位という村があります。温泉があって「よい温泉」と書いてあるので何が良いんだろうと思いますが,地名なんですね。ここは「与位の洞門」で有名ですが,これを通らずにすむトンネル(塩田一宮線よいたいトンネル)が建設中で,平成20年には完成するようです。この与位の洞門は標高546mの神谷三角点から東に延びた尾根の下を通っています。この山が,宮山です。この山の登り方はいろいろあるようですが,地形図を見ると与位から梯(かけはし)に延びる峠越えの道があるので,それで峠まで行って南に尾根沿いに進もうと思いました。

与位からこの道の方に進んでいくと,途中に立て札があり,「右 コボキ 西山,左 シカキ谷」と「通行不能 路線名:塩田一宮線 理由:幅員減少1.0m 箇所:これより先」となっています。この路線名はよく分からないのですが,とにかくシカキ谷の方に進みます。舗装道路が続きますが,何やら分譲地があり,所有者の名前が立て札に書いてあります。結構整地はされているのですが,木が生え放題です。バブルの遺跡でしょうか。

いよいよ山に入ります。沢を登るのですが,途中から倒木が増えてきます。破線道なのでなんとかなるだろうと願っていたのですが,写真のような状況になるともう歩けません。倒木で沢も道も全く見えません。しかたなく,南斜面を強引に登りました。ここも急斜面の藪で決して登りやすくはありませんが,もう引き返せません。悪戦苦闘の末,尾根の474mピークから東に延びる尾根に出て,474mピークを目指しました。ここも傾斜はきついのですがそこそこ登りやすく,尾根に出ました。

あとは尾根歩きです。植林の中を歩き,頂上目指して登ります。頂上の手前に大きな岩があります。そして頂上には神谷三等三角点がありますが,ここに置かれた石には雄棲山と書かれていました。宮山の別名のようです。

ここからは下りです。与位の洞門を目指して東に尾根を下りました。岩場,倒木,共同アンテナといろいろあり,展望も時々得られます。全体としては最初に出会った倒木の印象が強烈なので,あまりここで苦労したという記憶はありませんが,最後に出てきた尾根の終点の小さなピークはどうやって抜けたらよいのか悩みました。

尾根の外れで送電線の鉄塔に出ました。低めの鉄塔で,形も古そうだと思ったら,昭和13年9月と書いてありました。今でも使われているというのは,ちょっと感動ものです。この送電線は今では山をいくつも越えて香寺町の方に繋がっていますが,最初はもっとローカルなものだったのではないでしょうか(後に香寺町の方でも鉄塔を調べましたが,やはり同じ頃のものでした。かなり高い山を越えている送電線なのですが,戦前にも十分な建設技術があったのでしょう)。そして,最後は与位の洞門の上に出てきます。真っ直ぐ降りようという人のためにか,ロープが下がっています。歩いて降りるには南側の道を行けばいいのですが,あちこち歩いて揖保川の眺めを楽しみました。

とにかく梯への峠越えの道の倒木は強烈でした。それ以外は気持ちの良い山だったと思います。

展望 ★★☆
藪山度 ★★★ 最初がきつかった