2008年12月29日月曜日

杉ヶ瀬から野々上三角点

山崎町の北東にある野々上三角点には、2008/08/31に登っています。この時は三谷から谷を遡って登ったのですが、あまり楽な登山ではありませんでした。野々上三角点のあるピークからは、北西に長い尾根が延びており、杉ヶ瀬に達しています。そこで今回はこの尾根を登ることにしました。

尾根の外れには山神社があります。この神社の裏に回って尾根に取り付きましたが、この付近は岩が多く、神社の御神体も岩のようです。尾根に登ってからも岩の多い急斜面で、木に掴まって登っていきました。巨岩があったりして、結構楽しめます。シダは生えていませんし、木の間隔も広いので、急勾配であるという以外は問題なく登れます。

少し登って336mピークまで来ると、落ち葉の雑木林で、木々の間から少し展望がありますが、まだ序の口です。尾根の一本道(はっきりした道はほとんどありませんが)を登っていきます。数日前に雪が降ったので、残雪がかなりありました。三角点までの登りは三段階で、336mまで登り、430mピークに登り、最後の597.7mの三角点に達します。長い尾根ですが、長いおかげで急勾配は数カ所だけです。430mピーク付近からは植林が増えます。倒木も増えますが、乗り越えられないようなものはありません。雪がなければ、快適な登山だと思います。ほぼ1時間半の登りでした。

野々上四等三角点(597.65m)は、以前に来たときと同様に探すのに苦労しました。頂上付近は歩くには差し支えないのですが、倒木だらけです。前回とは逆に頂上を東に歩き、東の端から北の尾根に乗りました。この辺りは広い尾根ですが、目指す北に繋がる尾根は倒木で埋まっています。しかも地面には低い木が生えているため、雪が無くても歩くのは困難でしょう。倒木が綺麗にアーチしていました(写真)。しかたなく西側の斜面を歩きましたが、あまり急斜面ではなかったので助かりました。

この先の尾根には金属の網が張られています。ところどころ倒木で潰されているのがご愛敬ですが、歩きにくくてしかたありません。しかし、ここから北の尾根は、岩場あり、細い尾根あり、アップダウン有り、落ち葉あり、少し倒木あり、展望ありで、登山として楽しめる要素が全て揃っています。素晴らしい尾根だと思います。今回は雪が若干残っていて、だんだんに安物の登山靴に染み込んできたので、あまり快適ではありませんでしたが、季候の良いときに来れば気持ちよい尾根歩きが楽しめるはずです。展望は、遠目に黒尾山の通信塔や与位の反射板など、いろいろ見えます。

ずんずん歩いて552mピークの北で右に曲がり、その先のピークで左に曲がりました。この尾根は姫路市と宍粟市の市境だと思うのですが、その割りには標識はたまにプラスチックの黄色い杭がうってあるだけです。この先は一度鞍部に降りますが、ここは東は安富町皆河に、西は母栖(もす)に降りる鞍部になっています。どちらも植林ですが、東側の暗さが印象的でした。

ここからまた尾根に登ると、これが母栖山に繋がる尾根です。残雪が滑りやすく登りにくかったので、西側の雪のない場所を通って登りました。尾根を東に行けば母栖三角点がありますが、今日は悪条件なのでそちらには行かず、西に尾根を進んで、送電線の鉄塔に向かいました。母栖三角点の点の記には、安富町の皆河から母栖に延びる道が描かれており、文章の説明とは合わないのですが、興味を引かれます。また、この尾根には「武庫ノ台」と刻まれた石標がいくつもありましたが、ゴルフ場を作る計画でもあったのでしょうか?

この鉄塔は巨大なものです。番号は読めなかったのですが、播磨西線でしょう。この鉄塔の建っている場所からの展望は素晴らしく、鉄塔の巨大さともども圧倒されます。北には氷ノ山が見えました。眼下には関西電力山崎実験センターがありますが、木に隠れがちです。

下山ルートを考えました。鉄塔の巡視路は実験センターに直滑降で降りているようですが、尾根歩きを完結するために西に尾根を降りることにしました。これは歩きやすい尾根です。途中に「モス山45分先」とか「急登おつかれさま 母栖山へ」という標識があり、これが登山道だと分かります。しかし、尾根の外れは実験センターのゲートの内側で、ゲートは閉まっています。平日はインターホンで開けてもらえるようですが、この日は休日だったので、斜面に出て柵の下を潜って外に出ました。

下山は舗装道路を降りましたが、途中でツーカーとDocomoの通信塔と杉ヶ瀬四等三角点(511.99m)を見ました。尾根歩きを貫徹するために、この先も尾根を降りたかったのですが、残雪でコンディションが悪かったので諦めました。少し舗装道路を下ると、母栖山登山口の標識がありました。ここからなら関電のゲートに引っかからずに登れそうです。

幾つか問題はあるにしても、このコースの尾根はお勧めできるものです。季候の良いときに歩きたいものです。

展望 ★★★
藪山度 ★☆☆

2008年12月28日日曜日

鯰尾の東の山と清水谷の西の山

この日は書写山を西から登ったのですが、書写吹の方に行こうとして北の斜面を降りたら間違って西の新在家方面に降りてしまいました。そこで、書写吹の方に戻ることにしました。地形図の上では新在家から東に谷を進めば173m鞍部を通って東に抜けられそうです。しかし実際には実線で描いてある道の東端には建物があり、谷を塞いでいます。無理に抜けるのも気が引けますし、ネットもあったと思います。そこで今回は建物の前で北に進んで尾根に登ることにしました。

最初はやや不明確ですが、建物の北東の尾根を、北に向かって登りました。シダが生えていますが、背が低いので楽です。少し登ると歩きやすくなり、ちょっと岩の多い尾根に出ます。これを東に落ち葉を踏んで歩くと、226mピークに出ました。このピークは完全に藪に覆われています。ここで間違えずに右に曲がって、南東に延びる尾根を歩きました。これは歩きやすい尾根でした。途中岩場で少し道が分からなくなりましたが、尾根伝いに173m鞍部の北まで降りられました。

この先は鞍部からの谷を歩かずに、北の尾根上の道を歩きました。2005/09/10に歩いた道ですが、相変わらず草ひとつ生えていません。さすがに木の階段は朽ちているところもありましたが、何の不満もない道です。幾つかのピークを越して、最後は尾根の東端の平地に降りてきました。この付近には木が少なく、地面は落ち葉に覆われていて、とても気持ちの良い場所です。尾根の道と同じく、ウェルサンピアと関連して一時期は開発が行われていましたが、今は放置されているようです。

今日の目的の一つは、ここから北の山に登ることです。この山は清水谷の西に位置しますが、夢前川に沿って67号線をドライブすると、この山がせり出している場所を通ります。かなり急勾配の山だということが、道から見ただけで分かります。以前は登山道は無いだろうと思っていたのですが、ある日Google Earthを見ていたら、尾根に道があることに気がつきました。ということは単なる藪山ではないらしいのです。そこで、まず川を渡って北に行き、清水谷の山の南の麓に出ました。ここには小さな池があります。この周辺も以前は開発が行われていましたが、今は静かです。

Google Earthには登山道も見えていたので、探しても良かったのですが、面倒なのでまずは尾根まで登ることにしました。この付近の斜面は南向きですがシダが少なく、細い木の藪なので登るのは楽です。しばらく急勾配を登ると、左から道が上がってきていました。すぐに尾根です。尾根にも良い道があります(写真)。木の階段があるところを見ると、これもウェルサンピアと関連があるようです。東の端は最初のピークの手前で道は終わっていますが、上手に降りれば東側に降りられるかも知れません。西には168mピークを通り、最後はウェルサンピアが見える地点で終わっていました。尾根に出る道は、168mピークへ出る道(Google Earthで見えている道)と、もう少し東側の、池に流れ込んでいる川の上流から登る道の二本がありました。

ここから書写吹までは、また川を渡り、笹の草原を抜けて実線道に出る必要があります。ウェルサンピア経由の方が楽です。

書写山の北の山は、ウェルサンピアと関連した開発が行われていたようですが、今は静かな山に戻っています。落ち葉が気持ちよい山ですし、道もできています。展望はせいぜい書写ゴルフ場くらいなので今ひとつですが、ピクニックには最適だと思います。

展望 ★☆☆
藪山度 ★☆☆

西の尾根から登る書写山

書写山には参道が6本もあります。そのため徒歩でも参拝は容易ですが、山として書写山を見ると、これらの参道は必ずしも典型的な登山コースではありません。というわけで、書写山を好みのコースで登ってみようと思いつきました。以前に書写三角点を訪れたことがありますが(2007/01/21)、あれは書写山そのものではありません。今回は圓教寺を目指しました。

尾根歩きが好きなので、六角の大年神社からの尾根を登りコースに選びました。この神社の周囲は手入れが行き届いています。尾根は細い木がまばらに生えている程度で、簡単に登れます。ちょっと登ると少し平らな場所があって一息つけますが、この後は若干シダが増えます。井戸の跡らしきものがありますが、人工物はこの辺りまでしか見あたりません。シダで足元が見えませんし、勾配が急ですが、南斜面にしては登りやすいと思います。しばらく登ると岩場があり、松が生えています。この付近からは六角や南の展望が広がります(写真)。海まで見えます。正面に建設中の白鳥城がありますが、木が邪魔でよく見えません。

250m付近からは勾配もなだらかで、落ち葉の雑木林となります。なかなか良い感じです。307mピークは木の少ない雑木林ですが、ここから番号をタイルで入れた赤い石標が現れます。これはずっと続きますが、この山の持ち主が圓教寺だとすると、境界をこまめに表示する必要も無いと思うのですが。

次の320m+ピークまでは一度下って鞍部を通ります。ここには南へ下る道らしきものがありました。320m+ピークは、ただの雑木林です。ここからは北に向かって刀出に出る参道に行くつもりだったのが、気がつくと東の鞍部に降りていました。ここも道が横切っています。そしてやや倒木の多い斜面を登っていくと、上に石垣が現れました。ここは書写山の展望台の西の端でした。西から尾根伝いに登ると、このようになります。

参道でないルートで登ったので、下山も参道でないルートにしようと思いました。修復中の奥の院を過ぎて、鯰尾に降りる参道を進みました。そして、行者堂の方に進みました。ここからは登りで、350m+を過ぎてやや下った所で少し道を外れると、書写山三角点(349.9m)がありました。この先も行者堂へ向かい、最後に道が右に下る地点を真っ直ぐ進んで、尾根を降りました。

この付近の尾根も雑木林で、気持ちよく歩けます。しかし、尾根の外れまで来ると、斜面はシダ藪に覆われており、最後にそれに突入してしまいました。シダは背丈ほどあり、足元は全く見えません。下の方のシダは枯れているので、無理やり体を押し出せばシダを切り開いて進むことは可能ですが、かなりの力がいります。それに下りの急斜面で、足元が見えないのは非常に危険です。できるだけ木に掴まって降りましたが、木はあまり多くはありません。

しかも尾根を間違えました。この尾根の北には173mの鞍部があり、それを目指していたのですが、西にルートが寄っていきました。最後は谷が見えたので降りました。沢は右に流れていたので、173m鞍部の東に出るかと期待したのですが、(書写吹に降りることにしていました)、谷は西へ向いていってしまいます。しかも沢沿いの道は時々なくなり、沢を歩かざるを得ない部分もありました。倒木は余りなかったのですが、何度か藪も突破しました。最後は新在家の東にある堰堤の上流に出てきたので、沢を北に渡って、道に出ました。

この下山は最悪でした。もっと東側の尾根を降りるべきでした。しかし、それでもシダ藪を避けられたかどうかは分かりません。以前に行者堂から沢を降りたことがありましたが、そのほうがましでした。書写山は南斜面よりも北斜面のほうが藪がきつく、特に北斜面のシダは強敵です。

西からの登りは、良いコースだと思います。夏は照りつけられて暑いかも知れませんが、登山をしたという満足感が得られるコースだと思います。

展望 ★☆☆
藪山度 ★☆☆ 下山は無視です

2008年12月27日土曜日

北から登る高山

高山は桶居山や高御鞍山の北に位置する山です。姫路市と加古川市の市境にあります。これまでの登山記録をインターネットで調べると、壮絶な闘藪記ばかりで、西の馬山に匹敵する姫路の東の代表的藪山と言えるでしょう。いずれは挑戦しようと思いつつ機会をうかがっていたのですが、冬になって少しは歩きやすくなったことを期待して、行ってみました。

これまでの登山記録は、どれも南から登っています。確かに南には送電線が通っており、巡視路が使えるのですが、南斜面の藪はたいてい手強いものです。そこで、北から登ってみることにしました。地形図とGoogle Earthを見ると、飾東町大釜新の南の尾根は岩場が多いようで地肌が見えています。そこで、この尾根から257mピークを経由して高山まで歩くことにしました。

尾根から登るわけですから、尾根の突端から登るのがベストなのですが、あいにくこの尾根の北端には山陽自動車道が通っており、その南で尾根に登らなければなりません。明らかに一番楽なのは、257mピーク近くの送電線の鉄塔めがけて保守路を登ることですが、これでは尾根歩きが楽しめないので、地形図にある清住の北の墓地の、さらに少し北から農地を通ってアプローチしました。

道はありません。急斜面で、しかもすぐに藪になりました。最初は灌木で間が少しあいていますが、すぐにシダ藪になります。密集したシダで、胸の辺りまでの高さがあるので、なかなか登れません。無理やり体で押しのけて進むしかないのですが、かなり力が必要です。しばらくシダが薄そうなところを選んで歩いているうちに、自分が歩いているところが道なのだという気がしてきました。地面にはシダは生えておらず、両側からシダが倒れこんでいるのです。しかし、道は地面からやや掘られており、その分だけシダが高いところにくるので歩きにくく、結局道の脇に出て登りました。

しばらくの藪漕ぎの後、やや開けたところに出てきました。この付近は下から見ると木が少なくなっていますが、山火事の跡かも知れません。2007/05/12の山火事でしょうか?Google EarthやYahooの航空写真は、山火事以前のもののようです。ただ、昨年の山火事にしては木が多いような気もします。ここまで来ても尾根はまだで、やや薄くなった藪を抜けて、ようやく尾根に達しました。尾根には赤いマーキングがあります。展望は良好です。北に遠く見えている反射板は、畑山でしょうか。まず182mピークまで歩き、一度下がって登りますが、ここはちょっと岩場になっています。

この先はそれほど歩きにくい場所はなく、230m+ピークに登ります。この付近には明瞭な尾根道があります。隣の218mピークも眺めの良い場所です。しかし、ここで尾根道は東に降りて行ってしまうので、再び藪を歩きました。まず、低木の生えた岩場を南に降りました。そして送電線の鉄塔を目指して240m+ピークを登りました。ここはかなり厳しいシダ藪でした。ピーク付近も藪で、鉄塔まで降りる途中も藪でした。しかしこの付近の藪には明らかに道があります。手入れがされていないためシダがかぶさったり木の枝が張り出しており、道としては使えなくなっているだけです。

小振りの鉄塔は、「姫路支線三」と書いてあります。建設は昭和29年4月です。ここからは257mピークを目指して登りますが、最初は落ち葉を踏みしめて歩けます。北斜面で木が生えていると日照が少なくてシダは育たないのでしょう。しかしだんだんとシダが増え、低木の藪になります。257mピークは藪の中です。

257mピークまで行くのは実は行きすぎで、少し戻って西に市境を辿りました。辿ると言っても道はなく、ときどき赤いマーキングがあるだけです。西側の斜面は灌木の藪ですが、この先の鞍部は3mくらいの崖になっており、気を付けないと転落します。人工的な切り通しではなく、こんな崖があるのは予想外でした。

この後も赤いマーキングがありますが、藪漕ぎに変わりはありません。しかし、青いマーキングが入ってくるあたりから様子が少し変わり、木の間隔が少し開き、シダも背が低くて歩きやすくなります。240m+ピーク付近では展望は南北に開けており、明石海峡大橋が見えます。そして、次の260m+ピークには「高山」と書かれた金属の赤い道しるべがあります。ここには南から道が上がってきており、登山ルートのようです。この下には送電線の鉄塔があるので、それを経由してくるのでしょう。

ここからは、ほぼ快適な尾根歩きです。展望も素晴らしく、瀬戸内海も明神山も見えます。その西の、251mピークの北にある240m+くらいの地点には、「山中1.4km」と書かれた赤い道しるべもあり、ここに登ってくるルートもあるようです。こうなると気楽な尾根歩きで、高山まで100メートルごとに赤い金属の標識があります。これらの金属の標識は、字を金属板をへこませて描いた手の要ったものです。

そして、いよいよ高山山頂です。298.3mの、これも金属の標識があります(写真)。上の眼鏡はどなたかの忘れ物でしょうか。川北三等三角点もあります。

下りは北に降りなければなりません。西に尾根を行く道は、まだはっきりしています。この付近は落ち葉の雑木林です。下山ルートは清住の大歳神社のある尾根です。しかし、この尾根に向かう道は無いので、適当に藪を抜けました。落ち葉の雑木林には変わりありませんが、降りてゆくとだんだん灌木が増えてきます。また、シダが密集して生えている場所があり、それを避けていたところ、目指す尾根をはずれてしまいました。目指す尾根は230m+くらいのところで少し西に進んでから北に降りるのですが、真っ直ぐ北に降りてしまったため、いきなり急斜面となり、小さな溜池(天井谷池)の裏に出てきました。このルートはやや急ですが、シダ藪がないので意外と良いかも知れません。

やはり聞きしにまさる藪山でした。尾根に登るところを除けば、送電線に向かって降りるところと、257mピーク付近の藪が最悪でした。しかし高山の南東の尾根は見晴らしも良く歩きやすいので、南から正しい道で登れば良い登山コースでしょう。

展望 ★★★
藪山度 ★★★

2008年12月23日火曜日

北から登る七種山

七種山は南の青少年野外活動センターから七種滝経由で登るのが普通ですが、北から登れないものかとかねてから考えており、今回はそれを実行しました。

起点は前之庄の北の河原口(こうらぐち)です。ここから河原谷林道で河原川を遡っていきました。これは亀ヶ壺へのコースです。鮎釣りの小屋がいくつかあり、その先は植林の中を通りますが、電信柱がずっとあり、光ファイバーまで通っているので、先に何かあることが分かります。河原川は途中で水があったと思えば無くなってしまう不思議な川です。

光ファイバーの行き着く先は、地形図で432mピークをぐるっと廻った先にあるコテージです。数軒が並んでおり、車が停まっていて人が来ているようでした。登りに使おうと思っていた道は、このコテージ群の先にある東に向かう破線道なのですが、この場所には橋がありません。さらに上流では何やら工事をしているようなので、そちらには行かずに川を渡って破線道を探しました。この場所では川に水がありますが、渡るには支障ありません。

川を渡ると植林ですが、道らしきものがあるので辿っていきます。谷に入るといきなり谷は倒木でふさがれています。無理やり右手の尾根に登ろうかとも思ったのですが、よく探すと左手に道がありました。道を辿って登ることができます。周囲は倒木が多く、湿気の多い谷です。しばらく登ると倒木処理の跡に出てきます。ネットが張られています。処理と言っても切った木は寝かせたままですが、歩くには好都合です。丸太の上で滑らないように気を付けて、ネットに沿って谷を登っていきました。

倒木処理のネットが途切れると、尾根に向かうネットがあり、それを辿ることもできましたが、取りあえず初心に帰って地形図の破線道を辿ることにしました。とは言え、道はありません。谷には水はなく、植林になっています。足元は柔らかく、倒木もありますが、越えられないようなものではありません。最後は非常に急峻になり、岩場が聳えています。ここを木に掴まりながら登り、尾根に出ました。しかし、実は岩場の右手を登った所が鞍部なので、岩場を登る必要はありません。この谷登りは、約1時間かかりました。地形図の破線道は、存在しないと断言できます。

ここからは軽快な尾根歩きです。少し歩くと南に七種鎗が見えます。北に禿の行者山の岩場がよく見えます。その背景に紅白に塗られた鉄塔が見えますが、雪彦山の北を通る送電線でしょう。河原川をはさんだ北側の斜面は、大規模な伐採が行われたようで、裸の山肌が見えている場所が沢山あります。少し登りがあって、河原谷(「かわはらだに」と点の記にはあります)四等三角点(559.7m)があります。大柿さんのピンクのプラスチック板が下がっていました。'08.3.12ですが、鶴居城趾から来られたということで、朝何時に起きればこんなことができるのでしょうか?

この後も気持ちの良い尾根歩きです。かなり大きなアップダウンがあります。552m地点まで来ると、目の前にバッテンに木が組まれています。七種山から七種鎗に縦走するときに間違えて北の尾根に入り込まないようにという配慮でしょうが、北の尾根も捨てたものではありません。ここからは案内板やマーキングが増えます。急な坂を登って、案内どうりに400mを15分かかって倒木の中を歩くと、七種山(683m)の頂上です。さすがに展望は最高です。ここからも禿の行者山が見えます。

問題は下山です。河原林道を歩きながら見ていましたが、七種山の北側の山は急勾配で、降りやすそうな所はありません。しかもあまり西側で降りると河原川を渡れない可能性があります。尾根に沿って降りるのが一番楽そうなので、北側斜面にある496m地点を通る尾根で降りることにしました。まず倒木地帯を戻って尾根に出て、そこから「危険 この先は道がわかりにくい」と書いてある西方向へ歩きました。

496m地点に降りる尾根は、割と簡単に見つかります。最初は勾配もそれほど急ではありません。周囲は雑木林で、木の間隔も広いので、歩きやすい尾根です。しばらく降りると、眼下に先ほどのコテージが見えるようになります。向かいの裸の山肌も見えます。そして、大きな岩場にさしかかります。この岩場はかなり本格的なものです。両側が切り立っており、岩の上には松が生えています。高所恐怖症気味の私にはここを通るのはかなりの試練なので、おとなしく西側の斜面に降りて通り過ぎました。斜面もかなりの急勾配で、歩くのは楽ではありません。上を通った方が楽だったかも知れません。写真は、この岩を斜面から見上げたものです。後で河原川沿いに歩きながら見上げると、この岩場が見えました。この岩場が地形図における496m地点です。

この先も尾根は歩きやすいのですが、ときどき尾根に岩があって迂回せざるを得ません。どの岩場でも展望が開けるので、向かいの山の岩場とか河原口の人家とか、景色を楽しむには良い尾根です。しかし、だんだんと勾配が急になります。予定では450m付近で少し北に折れて、一番長い、川に飛び出している尾根に行くつもりだったのですが、勾配の緩い方向に歩いていたら尾根を真っ直ぐに北西の方向に降りていました。戻るのも面倒なのでそのまま進みましたが、勾配は急です。尾根を降りていて岩場があるとその先が降りられないので、迂回して斜面を歩かねばなりません。雑木林で乾いているのが良いのですが、足元は土が軟らかくて簡単に崩れます。木に掴まりながらなので、腕も疲れました。途中には道かと思うような部分もありましたが、マーキングは一切無く、倒木も伐採したものは皆無でした。

最後は右手に植林が現れ、雑木林と植林の境界付近に沿って降りると、水のない河原川に出てきました。反対側の植林を抜けて林道に出ました。尾根で降り始めてから、約1時間20分かかりました。

この496m地点のある尾根は、登りも楽しめると思います。一番長い尾根から登り始めると、勾配は急ですが、展望を楽しみながら七種山に登れるかも知れません。

展望 ★★★
藪山度 ★★☆

2008年12月21日日曜日

番城山から氷室山

番城山は置塩城の南の山城で、置塩の町村に登り口があります([1])。「史跡 番城山城跡」と書かれた姫路市の建てた標識には、「頂上には三か所の城跡があり・・・石垣の一部や瓦片も出土している」とのことです。登山道は急勾配で息が切れますが、分かり易い道です。頂上に出ると広めの尾根ですが、どこが城跡か分かりません。少し西に行くと藪に覆われたピークがあり、古い共同アンテナが藪の中にあります。南山四等三角点(214.07m)も藪の中で、頭が少し出ているだけです(写真)。

今日の目的は番城山ではなく、ここから氷室山まで歩くことです。頂上を東に歩くと、すぐに藪っぽくなりますが、三角点付近に比べればずっと木の密度は低く、顔に小枝が当たるのを気にしなければ、さほどの苦労もなく尾根を歩けました。この付近の山に多い、シダと低木で覆われた尾根で、切り開きはあまりはっきりしません。シダが尾根を覆っている部分では少し降りて歩きましたが、問題なく歩けました。場所によっては南側は植林です。落ち葉を踏みしめて歩くのは気持ちの良いものです。しばらく歩くと北側のゴミ処理場が良く見えます。

少し登りがきついなと思うと274mピークに出ますが、ここはシダに覆われていました。次のピーク280m+には「播磨空港2級基準点」のプレートがありました。この付近は切り開きがあり、足元にはシダが茂っていますが歩きやすくなっています。さらに歩くと、いよいよ氷室山に登ることになります。どこに出てくるのかよく分からず道なりに歩きましたが、最後の急な登りでは道が無くなり、とにかく尾根を目指して登ると、尾根には道がありました。左手にピークが見えたので行ってみたら、そこが氷室山の頂上でした。狼谷三等三角点(371.77m)ですが、これは標石が地面から出過ぎていて、どこがこの標高に相当するのか気になります。

広嶺の方から氷室山に向かって歩くと、頂上に出る前に道が左右に分かれ、右手が山頂ですが、ここを真っ直ぐに北に斜面を降りると番城山に行けるわけです。ただし、全く何の標識もありませんので、この急斜面を降りてみようという人はいないでしょう。

帰りは西に普通のルートを歩いて鞍部まで降りて、蒲鉾工場の裏手に出ましたが、この下山ルートも灌木やシダが多く、番城山からのルートと大差ないと思いました。眺望も大差なく、番城山への下山ルートもお勧めできます。実は番城山から歩いてみたのは、最近この付近で大規模な開発が行われているからなのですが、尾根まで達するような工事は行われていないようでした。

展望 ★☆☆
藪山度 ★☆☆

2008年12月20日土曜日

北から登る多賀登山

多賀登山は播磨科学公園都市の西側にそびえる山です。頂上近くで尾根を林道が越えており、ここからだと山頂は間近です([1])。もしくは南の神社から登るのが一般的と思います([2])。しかし今回は[2]にもある北からのルートで登ってみました。

弦谷から登りました。この付近では工事をしており、弦谷から真南に延びる谷には道路ができていましたが、登山には向かないので尾根の先端にある兵隊さんのお墓の裏手を登りました。急斜面をしばらく木に掴まりながら登ると、やや平坦になってきます。ここからは尾根歩きです。

しばらくは落ち葉を踏みしめて気持ちよく歩けました。倒木も若干ありますが、歩くのに困るほどではありません。しかし、東側の展望が開けた後、ネットが現れるととたんに藪っぽくなりました。おそらく陽当たりが良いためだと思いますが、灌木が多くなります。東側はネットで遮られているため、時々西側の谷に少し降りて歩きました。

この後は316mピークで一息つき、さらに尾根を登ると、多賀登山から東に延びる尾根に出ました。ここはネットが張られていますが、西に歩くとネットは終わりました。どうもこの山のネットの張り方は不思議です。尾根にある頭を赤く塗ったコンクリートの石標は新しげですが、その脇に「東急」と彫ってあるコンクリートの杭が倒れていることが多く、地権者が変わったのかも知れません。このまま西に歩くと、多賀登山の山頂に出ました。三原山三角点(441.7m)がありますが、その脇に大きな木の杭があり、「平成二十年二月十一日 第一回多賀登山ハイキング登頂記念」「三日月地区地域づくり協議会西部多賀登山部会」とあります。多賀登山に登ると多賀登山登山だなぁと馬鹿なことを考えました。山頂付近の木が切られており、南に大型放射光施設スプリング8が見えます。

ここからは南に下山しました。東に尾根を進み、南に折れますが、気持ちの良い植林の鞍部を通って、その南で一度ピークを登り返し、440mを越えたピークの所で迷いました。東向きに道がありますが、その先は急勾配の植林です。南側は藪ですが、結局はここを降りて南に延びる尾根に乗りました。南の神社から登る時には迷うことはないのですが、降りる時には迷いやすい地点です。この先、神社の真北の340m+付近にやや平坦地がありますが、その南ではシャベルカーが工事をしていたので、少し戻って東に進路を取り、結局ひょうご環境体験館の奇妙な建物の道路を挟んで向かい側に出てきました。

この工事は、この山にゴミ処理場を作るための土地造成工事だと思われます。山頂の杭も、ゴミ処理場と無関係とは思われません。環境体験館がここに建てられたのも、ゴミ処理場と無関係とは考えにくいのです。今回北から多賀登山に登ったのは、工事のために南からは登りにくくなっているためでした。これからこの山がどのように変わっていくのか、時々北から見に行きたいと思います。近くには作りかけで放置されている金出地ダムもあります。こちらも最近行ってみましたが、一年経っても水位を示す標識が新設されているだけでした。

展望 ★☆☆
藪山度 ★☆☆

2008年11月29日土曜日

山崎の西側の三谷三角点

山崎には三谷三角点が二つあります。一つは以前(2008/08/17)に登った揖保川の東岸山崎町三谷にある568.7mの二等三角点です。もう一つは山崎のずっと西側、菅野川が鍛冶屋で北に向きを変える地点の西にある476.0mの三等三角点です。短時間で登れそうな山です([1])。

登り口は鍛冶屋にしました。中国自動車道と並行して走る県道53号線から北に入る道が地形図にあります。この道は明らかに民家の庭を通っており、困りました。気の弱い私は右手の山を無理やり登り、北側から山に入りましたが、藪がひどくて明らかに不正解でした。おかげで植林の中に江戸時代の墓石のある小さな墓地を見つけたりもしましたが、地形図の尾根道までは大回りでした。

この尾根道も、決して整備された道ではなく、藪をかき分けて歩きます。尾根に溝が掘られているのはこの付近ではよくあることで、昔に木材でもひきずって運んだのかもしれません。しかしその割りにはこの付近は雑木林です。平らなところに来ると溝が無くなって、道が分からなくなります。336m地点も単なる雑木林ですが、ちょっと登って坂になると道が現れます。350m付近からは植林になりますが、荷造り用のビニール紐が張られているので、松茸山だったのかも知れません。この先は笹藪を抜けなければなりませんが、ビニール紐のおかげで迷いません。

そして、高圧線の鉄塔に出てきました。播磨西線59です。東斜面ですので、山崎方面が見渡せます。ここから頂上まではプラスチック階段のある巡視路です。主尾根に出ると「山」と彫ってある石標と赤い「火の用心」があって、左に行くと58になっています。ここから南西に尾根を進んで峠三角点を廻って下山するコースも考えられますが、そうすると県道53号線を歩いて戻る必要があります。歩道のない県道は歩きたくないので、北に進みました。

歩きやすい尾根を進むと、すぐに三谷三角点に着きました。かなり地面に埋まってしまった三角点です(写真)。付近は林ですが、また赤い「火の用心」が立っています。鉄塔の上で見た「火の用心」には、三角点の方向の矢印が無かったのですが、巡視路は多分この主尾根を通るのでしょう。三角点の北側は倒木だらけで歩く気にならなかったので、「火の用心」の方向に下山を始めました。倒木だらけの植林の東側に道があり、降りて行くと手入れされた植林の中に入り、歩きやすい道を降りて行くと、舗装道路に出ました。峠になっており、お地蔵さんが二体ありましたが、不思議な表情で、左側のお地蔵さんには角があるようにも見えます(?)。

この舗装道路は林道塩田葛根線というらしく、峠の所には軽トラックが何台かとまっていました。舗装道路を歩いて降りても良いのですが、そうすると大回りした上にかなり北に出てしまうので、塩谷に降りる道を選びました。地形図ではこちらも実線ですが、舗装されていません。しかし、轍の跡が残っており、自動車でも登れそうです。途中にまたしても江戸時代の墓石のある墓地があり、この付近が古くから開けていたことが分かります。そして、塩田の村に出てきましたが、ここも民家の裏庭みたいな場所でした。

尾根伝いに登れるショートコースで、あまり疲れませんが、ぱっとしないコースでした。

展望 ★☆☆
藪山度 ★☆☆

2008年11月23日日曜日

三日月の時重三角点

佐用町三日月の東側に、たつの市新宮町との境界になっている山並みがあります。その南の方に位置するのが時重三角点で、新宮町時重の北北西にあって、「点の記」でも時重から登っています。しかし、山並みを歩くには尾根の西端の三日月町から登るのが楽しめそうです。国道179号線の北側ならどこからでも登れそうですが、急勾配が多くネットもあるので、三日月の村に入り、能谷方面に道を曲がったところで車をとめて、融雪剤置き場の上の階段から登り始めました。急斜面の雑木林を無理矢理登るとすぐに尾根に出ましたが、尾根には小さなお堂があり、下から道が登ってきていました。村から尾根に登る道があるようです。

ここからは快適な尾根歩きです。植林の間を歩くと、すぐに232m地点に出ました。ここからも歩きやすい尾根が続きます。方角としては東向きですが、南に向かうところもあって、方角の確認は大切です。間違わずに尾根を進んでいけば、佐用町とたつの市の境界に出てきます。ここまで道はありませんが、特に歩きにくい場所はありません。その後は境界を歩きますが、これも歩きやすい尾根です。尾根の南側は雑木林で北は植林になっています。北の植林は尾根から見ると整然と木が並んでいて美しいのですが、後で谷から見上げると倒木も多く湿気の多い北斜面の植林でした。

境界が谷をぐるっと回っているところに時重四等三角点(326.7m)があります(写真)。付近は開けています。この地点は確かに「点の記」のように新宮側から登る方が近道でしょう。ここから境界は北に向かいます。特に標識があるわけでもありませんが、アップダウンも少なく、歩きやすい尾根です。東の奥小屋の展望があります。左下に能谷から上がってくる林道が見えてきます。地形図でこの林道がぐにゃぐにゃ曲がっている地点で境界の尾根は林道ともっとも近く、林道を登ってきて曲がらずにまっすぐ急勾配の植林を登れば、尾根に出られると思います。尾根は北に続いており、大谷三角点を目指して歩きました。

この林道ですが、「三日月本郷林道」です。2007/10/28に歩いていますが、この先は実は林道が尾根近くを通るようになります。境界は少し登って東に折れますが、ここでいきなり林道に出会ってしまいます。林道が下に見えている間は良いのですが、ほとんど同じ高さになってしまいます。林道に降りないように歩きますが、林道脇の松を植えてある土手を歩くことになります。山歩きの楽しみを大幅にそがれます。

この後も林道と平行して歩く部分が多いのですが、尾根は藪がひどくなってきます。大谷三角点に登る手前でも林道の脇に一度降りる場所があり、林道歩けば楽なのに、と思ってしまいます。しかし、三角点には林道から急勾配を登って行かねばなりません。大山三等三角点(368.6m)は、相変わらず標石が割れています。なお、「点の記」によると、時重三角点は三日月町にありますが、大山三角点は新宮町にあります。ここからは尾根を北にちょっと降りて、林道に出ました。あとは林道を歩いて能谷を通って車に戻りました。

気持ち良く歩ける尾根でした。しかし林道と平行して歩くのは興ざめです。なお、この林道は入り口にチェーンがかかっていないので、誰でも通れるようです。車で途中まで上がってから尾根を散策するのも良いかも知れません。

展望 ★☆☆
藪山度 ★☆☆

2008年11月15日土曜日

角亀トンネルから相坂峠

以前に角亀トンネルから田幸山に登ったとき(2007/12/16)に、トンネルの上から北の方の山にも行けそうな気がしていました。今回はそれを試しました。起点は角亀トンネル(1999年竣工の新しい方)ですが、少し下に車をとめて、栗田の集落の方から旧道を歩いてみました。地形図を見ると山並みの南斜面に破線道があります。入り口はすぐに見つかります。新宮町上水道栗町加圧所があり、その先に獣避けのゲートがあります。あまり開けられることのないゲートらしく、開閉にはちょっと苦労しました。その先は荒れて草が生い茂っていますが、道幅は変わりません。少し行くと、いきなり展望の良い場所に出ます。角亀トンネルに登る道路からもよく見えますが、斜面を削って土がむき出しになっている場所です。何のためにこんなことをしたのかよく分かりませんが、岩が露出したところでやめているところを見ると、石の採掘でもするのかも知れません。ここを横切って先を進むと、草がさらに元気よく茂っている場所もありますが、広い道幅で角亀の峠に着きます。古い方の角亀トンネルも、竣工は昭和48年ですから、それ以前はこの道が使われていたはずです。道幅は軽トラックなら通れるくらいです。

峠から北に行きます。まず急な坂を登ると貯水タンクがあります。その裏を登って行きますが、すぐに気持ちの良い植林に出てきます。尾根歩きは快適で、雑木林では若干低い木が邪魔ですが、楽に歩けます。297m地点を過ぎて快適に歩き、少し北に進路を変えて尾根を降りると、いきなり深い谷があります。と思ったら、これは切り通しでした。岩を削って道を作ってあります。これも軽トラックなら通れそうです。この岩を削るのはかなり大変だったと思います。地形図で見ると、この部分は栗田から寺垣内に抜けるには最も楽なルートになっています。これも昔はよく使われた道なのでしょう。

ここからまた登りになり、まず310m+のピークに着きます。ここで一番楽な方向に進んだところ尾根を間違えて西に行ってしまい、戻って北に進路を取り直しました。若干の笹藪がありますが、だいたいは歩きやすい尾根で、内村四等三角点(320.51m)に着きました。このピークは木が伐採されているのですが、低い松とススキなどの背の高い草が競争して生い茂っている状況で、三角点探しも苦労しました。しかも北に進む尾根に出るまでに2回も方向を間違えました。三角点は松に囲まれて埋もれています

正しい尾根を進むと、280m+の小さなピークに出て、そこから鞍部を通って240m+の小さなピークに出ますが、この付近も気持ちの良い植林です。この先の莇原峠の手前には空き缶が散乱しています。峠は舗装道路が通っていますが、ここに降りるには急斜面を降りなければなりませんでした。後から見ると、少し北東に尾根を進んで、そこから降りた方が楽かも知れません。

莇原峠から、さらに北に進みました。急斜面を登って尾根に出ましたが、頂上までは長い急斜面の登りです。途中で東の方に少し行くと、ここでも山が大きく削られていました。ここは削り方から見てゴミの最終処理場かも知れません。頂上には相坂峠四等三角点(277.7m)があります。この三角点は私の持っている平成13年印刷の地形図には載っていません。標石はありましたが、斜面にあるためにほとんど露出しており、いまにも転がり落ちそうです(写真)。

さらに北に進み、尾根を西に曲がって251mピークを通りました。と書くと簡単そうですが、実際は三角点から真西の尾根を進んでしまって引き返し、さらにその後も姫新線のトンネルの真上付近まで尾根を北に進んでしまったり、間違いだらけでした。最後は姫新線のすぐ脇の栗林に出てきて、姫新線を渡って道路に出ました。段の集落から、40分ほど掛けて歩いて角亀トンネルに戻りました。

展望はほとんどありませんが、気持ちの良い尾根歩きで満足できました。

展望 ★☆☆
藪山度 ★☆☆

2008年10月18日土曜日

県道塩田三日月線

三日月町から北に向かう道の入り口に、「塩田三日月線 この5km先通行不能」と書いた立て札が立っています。通行不能とは普通は車で通れないことを言うと思いますが、歩いて通れるのかは行ってみないとわかりません。というわけで、行ってみました。

Wikipediaによると、兵庫県道433号塩田三日月線は宍粟市山崎町塩田と作用郡作用町三日月を結ぶ総延長13.195kmの一般県道となっています。三日月から塩田に行くには本郷川を遡って本郷峠を通るのがもっとも単純な行き方ですが、地形図上はこの道は途中で破線道になってしまいますから、車でこの県道の全区間を通ることはどう見ても不可能です。

とりあえずこの破線道になるところまで車で行きました。途中で「林道三日月本郷線開設工事」という道路工事の看板を見ました。いよいよ林道(2007/10/28を参照)が完成に近づいているようです。ここまでは2車線の良い道ですが、いきなり道は未舗装道路二本に分かれます。右は雨ケ岳の南を通って山崎町高下に抜ける道、左が本郷峠に向かう道で、左の道には「塩田三日月線 この先通行不能」という立て札が立っています。二つの道の間には、重機などが置いてある作業場があります。倒木の処理でもしているのでしょうか。

以前にこの近くの高丸山に行ったとき(2006/12/02)に、この付近の谷は倒木で埋まっていることが多いことを知りました。したがって、この道にも倒木を予想していたのですが、これだけ重機があると片付けられているかと少し期待しました。じっさい塩田三日月線を歩き始めると、未舗装ですが歩きやすく、本郷川の両側斜面の植林の倒木もかなり整理されています。道に斜面から倒れている倒木も、切ってあります。というわけで、最初は良い気分で歩いていたのですが、本郷峠までの道のりの半分くらいを歩くと、倒木が道を覆っていました。

この付近の倒木は斜面から道に倒れこんでいるので、その多くは下をくぐることができます。枝がついている木が多いのですが、倒れてから年数がたっているため枝が割りと簡単に折れるので、枝を折って隙間を作って潜り抜けました。しかし、だんだんと草も増えてきますし、道が沼化している場所も多くあります。この道はしっかりと作られており、川の側にはコンクリートの壁が作られている場所も多くありますが、川からやや高いところにあるために、倒木で下が見えないと川に転落する可能性があります。なるべく川から離れて歩きました。

倒木を数本くぐったり乗り越えたりすると、数10mほど道が見えますが、またすぐに倒木で覆われてしまいます。しかも、次第にシダが増えてきて、地面が見えなくなりました。場所によっては川に下りて歩いたところもありますが、川にも倒木があるのでそれで問題が解決するわけではありません。

結局1時間ほど倒木と格闘して1kmほど歩き、沢が二つに分かれる地点に着きました。よくここまで歩いたものだと自分でも感心します。しかし、ここから右手の本郷峠までの谷も倒木とシダで埋まっており、とても先に進む気にはなりませんでした。右手の川の向こうを見ると雑木林なので、川を渡って斜面を登りました。かなりの急斜面ですが、土が乾いているだけでも幸せに感じました。すぐに歩きやすい尾根に乗れて、さらに町境(北は宍粟市山崎町、南は佐用郡佐用町)の尾根に着きました。あとは本郷峠まで尾根を北に歩きました。

本郷峠は、人工的と思われる切通しになっています。北側は植林で、壊れかけた小屋があってお地蔵さんがあります(写真)。小屋の板には署名がたくさんあって、昭和30年のものもありました。北側と南側で植林の様子は大きく異なり、南側の道には倒木が見られます。この道は古くから重要な交通路であったと思われますが、今となってはまさしく通行不能でした。

この後は、尾根を戻って南東の雨ヶ岳を目指しました。少し尾根を登るとネットの張ってある場所があり、ここでは北側で倒木処理が行われていました。さすがに宍粟材の地元だけあって、宍粟市は植林の手入れに熱心です。木が伐採されているおかげで、中国自動車道の北側の山々がよく見えます。上牧谷三角点付近の山や、水剣山、黒尾山が見えました。

この先は尾根歩きですが、徐々に荷造り用ビニールテープが増えてきて、ここが松茸山だということが分かってきます。茸を取らないようにという地主からのメッセージもあります。このテープに沿って歩いて、何度か尾根を間違えました。間違えずに町境の尾根を進んでも、問題があります。岩の多い483mピークの南で、雨ヶ岳に行く道が見つからないのです。地形図を見ると分かりますが、この尾根は雨ヶ岳にはつながっておらず、南西に向かっています。雨ヶ岳に行くには一度尾根を乗り換えるのですが、その道が見つからなかったのです。雨ヶ岳から来れば、尾根をまっすぐ進めばこちらの尾根に乗れるのですが、反対向きは簡単ではありません。

雨ヶ岳にもう一度行ってみたかったのですが、その場合の下山路は地形図の破線道となります。これは川沿いではありませんが、明らかに沢のような場所を通っており、倒木の可能性があります(これは確認していません)。そこで、楽な尾根で下山しようと、雨ヶ岳には行かずにそのまま南西に尾根を進みました。尾根の先端は、車を止めた道路の分岐点です。この尾根は植林で、道こそありませんが歩きやすく、楽に下山できました。350mピークまでくると雑木林になり、最後は急斜面を作業場に降りました。

三日月町の北の山は現在でも大倒木地帯となっています。2004年の台風前のレポート([1])でも、かなり悲惨なようです。尾根は歩ける場所が多いと思いますが、尾根でも場所によっては倒木がありますので、あまり足を踏み入れないほうが無難と思います。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★★ 倒木だらけです

2008年10月13日月曜日

新宮町奥小屋の降りられない尾根

西栗栖の駅から北に栗栖川を遡ると、そのどん詰まりは奥小屋と呼ばれる地域です。上所や下所という集落があります。この付近の、栗栖川沿いと栗栖池に挟まれた尾根に登ってみました。

登り口は栗栖池への分岐点である麦子口にある尾根の南端にしました。尾根の端に墓地がありますが、これは揖保川沿いの香山城が羽柴秀吉に攻められて落城したときの落武者の墓であるとの説明書きが立っています。墓地の裏手は藪だったので、少し西に行った麦子八太荒神の手前にあった踏み跡から登りました。どちらから登るにしてもこの付近は大変な急勾配で、足元は崩れやすくて足場が悪く、木に掴まって登らなければなりません。しかし少し登ればすぐに平らで歩きやすい尾根に出てきます。

ここからは平穏な尾根歩きとなります。道はありませんが、歩きやすい尾根です。木に野球のグローブが掛けてあったのが気になりました。標高は徐々に上がって行き、300mから350mまでの急勾配を登ると、植林地帯になってきます。372mはとりたてて何もなく、その北の380m+ピークも藪ですが、この付近からは植林が美しくなります。写真はこの付近で撮影したものですが、枝打ちされた背の高い植林で、良い建材になりそうです。

378mピークは美しい植林で、この北の植林の急勾配を登って420mまで来ると、西側の木が切ってあり展望が得られます。栗栖池は見えませんが、その向こうの尾根や大山三角点のあるピーク、それに播磨科学公園都市が望めます。

この先もほとんど植林の尾根です。尾根が東に曲がるところでは、間違えて真っ直ぐ進んで416m地点まで行ってしまいました。尾根は東へ進み、また北に進み、北東に向きを変えます。ビニールの荷造りテープの残骸が木に巻き付いており、この付近が松茸山であったことを示しています。この尾根を進むと宍粟市に入りますが、山崎町の山は松茸が採れるらしく、ビニール紐をよく見かけます。以前にこの尾根に国見山側から歩いてきたことがあるのですが、紐だらけでした。

この辺りでそろそろ下山することにしました。真っ直ぐ歩いて国見山まで行って下山できれば楽ですが、そうすると麦子口に置いてきた車を取りに帰るのが大変です。下山ルートとして、まず350mの等高線に挟まれた細い南北の尾根の南から、東に尾根を降りることを考えました。この付近は植林で歩きやすく、下山も木に掴まって急勾配を降りました。しかし、降りてみると川が倒木で完全に埋まっていました。後から確認したのですが、この川は支流ではなく栗栖川そのものですが、それが全く倒木で見えません。これでは降りても川沿いに歩けないので、少し斜面を西に進んでみましたが倒木地帯になってきたので、しかたなく尾根まで戻りました。150m以上の急斜面を戻るのは疲れました。無理して降りて倒木地帯につっこむよりは、大回りしてでも尾根を伝って降りようという作戦です。

ここから南に戻って、上所へ延びる尾根に出ようとしました。最初に降りて行ったのは八幡宮の北に延びる沢で、これも倒木で埋まっています。ここでもまた100m以上の急斜面を尾根に戻り、尾根から再び上所へ延びる尾根を探しました。結局430m+のピークから南東に降りて行って、目的の尾根に出られました。最初は幅が広く、上の尾根からは目標が掴みにくいのが難点です。目的の尾根に出てしまえば、非常に歩きやすく、場所によっては道があります。尾根を外さずに歩けば上所に近づけます。尾根をはずれまで歩いてもよかったのですが、途中に荒れた林道があったのでそれを降りました。この林道もすぐに倒木で遮られましたが、下に倒木ではなく舗装道路や人家が見えていたので植林の中を降りました。

この尾根は気持ちよく植林の中を歩けます。展望は、一箇所を除けば木々の間から隣の尾根が見える程度です。降り方が大問題で、谷はほとんど倒木で埋まっていると思っていいでしょう。尾根を上手に伝うのがルートハンティングのこつです。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆

2008年10月4日土曜日

西から登る宝台山

宝台山は相生と上郡の間にある山です。二号線から北を見るとアンテナのたくさん立っている山が見えますが、これが宝台山です。登山記録を調べるとアンテナの保守路を歩くのが楽だということが分かりますが([1],[2],[3])、西から登ってみることにしました。

このルートは[3]に少し書いてあります。休治から東に延びる破線道を歩きます。入り口に獣避けの扉がありますが、ここに「聖徳太子の手洗場と馬の水飲み場」のことが書いてあります。聖徳太子が乗っていた馬の蹄の跡が残ってる岩と、水を飲ませた岩があるのだそうです。楽しみにして歩いていくと、すぐに右に曲がる矢印が立っていました。しかし、その方向の道は草だらけで、少し入って行ったものの、すぐに引き返しました。もう少し破線道を歩けば道に別の指示があるのかと思ったのですが、結局なかったので、やはり矢印の場所だったのでしょう。藪の奥まで入ってみるべきでした。しかしこの場所には川はないので、「休治川のほとりで休憩して馬に水を飲ませた」という伝説とは合致しません。

この道は車の通れる林道で、歩きやすいことこの上ありません。途中で木々の間から上郡方面が見え隠れしますが、展望はあまりありません。そして、何も考えないで歩いていると、溜池のほとりに出てきて、動物捕獲用の大きな檻があって道は終わってしまいます。地形図では途中から山頂に向かう破線道が分岐しているのですが、分岐はどう探しても見つかりません。結局仕方がないので地形図の分岐の付近で尾根に登りました。尾根にも檻があります。ここからは尾根沿いに登りました。地形図の破線道は尾根よりは北側にあるので、どこかで合流するのかと思いつつ登りましたが、結局現れませんでした。

切り開きのある尾根なので楽に登れます。途中で雑木林が植林に変わり、急斜面を登ると379m地点に出てきます。ここは送電線の巡視路が通っており、それを歩いて尾根を南に進むと、宝台山の山頂に出てきます。

山頂にはドコモ(写真)とツーカーホン関西とJ-PHONEの巨大なアンテナ、そしてパラボラアンテナの付いた兵庫県の宝台山中継所があります。ほかに「KDDI管理地」という札の立っている更地がありますが、これが地形図の北側のアンテナの場所です。J-PHONEと兵庫県の塔は地形図にはありません。若狭野二等三角点(379.0m)はドコモのアンテナの東側の藪山にありますが、探すのに手間取ります。二等三角点だという割りには土に深く埋まっています。ツーカーホン関西のアンテナ塔の南にある斜面に「わかさの成林」と書いた矢印があります。とても登れないような斜面にありますが、おそらくこの南の尾根を通って成林に降りられるということでしょう。

下山は赤穂市と上郡町の境界の尾根を西に降りることにしました。兵庫県の中継所の西側の藪を抜けると、下山ルートが見つかります。良い道とは言えませんが、マーキングがしっかりしており、迷うことなく降りていけます。途中で尾根から北西に降りるところも、マーキングとプラスチックの杭があるのですぐわかります。これを降りてゆくと、溜池の南側に出てきます。ここに「宝台山」と書いた矢印があって、降りてきた道の方向を指しています。つまりこれは登山ルートなのです。

溜池の南で南西に向かう破線道を探したのですが、結局見つからず、マーキングもあることなので境界をそのまま進みました。ところがすぐにマーキングは北の方へ行ってしまいました。あとはマーキングも杭もない境界の尾根を伝って歩きました。あまり藪はなく、楽に歩ける尾根です。最後は231mピークの東のピークで南に折れて、破線道と交差しますが、破線道に向かって降りるところはシダの藪でした。

ここで破線道が尾根を越えているはずなので探したのですが、見つかりません。しかたないので無理やり西側の藪に入ってみましたが、歩けるような藪ではなく、再び尾根に戻りました。少し歩くと北側に降りる道があったので降りてみると、沢に出てきました。非常に荒れていますが人工の道と思われるものがあり、これをしばらくは歩けました。しかし、すぐに藪にぶつかりました。これも突破できそうもなかったので沢に降りましたが、笹藪で抜けるのは大変でした。この後はとにかくいろいろな種類の藪が続き、最後は溜池に出てきました。大きなウシガエルが驚いて水に飛び込みました。この溜池の周囲もすべて藪で、突破は困難を極めました。石積みがたくさんあり、かなり手の掛かった溜池であることは確かですが、今は完全に放置されて笹が伸び放題です。

苦労して藪を抜けて溜池の西側に出てくると、良い道があります。これは地形図の実線道です。そこから東に延びる破線道は存在しないわけです。この良い道をしばらく歩くと、74m地点で北に向かう破線道があります。西の正福寺に向かう道は良い道なのですが、北に向かう道のほうが休治に行くには近道なのでこれを通ろうとしたところ、すぐに道が無くなりました。地形図の破線道に忠実に歩きましたが、笹藪が多く、またしても藪漕ぎです。やっとのことで溜池の北まで来ると、道が現れました。最後まで藪に祟られました。

国土地理院にだまされたような山登りでした。特に下山の最後のほうの藪はひどく、こんなことならずっと尾根を歩いて、231mピークまで行って北に降りた方がよかったかも知れません。宝台山の登山ルートとして最も楽しめそうなのは、椿峠から成林まで高圧線の保守路を通る道だと思います。ただ、これだと山の反対側に降りてしまうのが困りものです。

展望 ★★☆
藪山度 ★★★

2008年9月28日日曜日

新庄の北山三角点

夢前川沿いの桜の名所として有名な新庄ですが、村の北の山頂に北山という三角点があります。よくある命名ではありますが、村の人にしてみたら北にある山は北山でしょう。この三角点からは東と南に二つの尾根があり、どちらのルートで登るか悩みますが、とりあえず南に延びた尾根を試してみました。

この尾根の先端には人家があり、アクセスは難しそうです。新庄の北端の西村には円山神社という神社があって、その参道が尾根の東にあります。参道と尾根の間には溜池があり、その土手を伝って尾根にアプローチしました。うまく人家の北側に出てきましたが、付近は藪で伐採した木が倒れています。歩けそうな場所を探しながら尾根の方に向かうと、尾根に達することができました。ここからは長い尾根登りです。道はありますが、シダで覆われていて、足元は見えません。雨の後だったらズボンが水浸しになるところでした。シダの中の急斜面を登っていきます。標高300mに達したあたりで少し勾配が楽になり、植生も変わりますが、またすぐにシダが茂ってきます。地面にケーブルが見え隠れしているので、共同アンテナが上にあることが予想されます。

365m地点は草が刈ってあって山頂のような雰囲気です。以前はここにアンテナが立っていたのかも知れませんが、展望はありません。この尾根は、木々の向こうに新庄が見え隠れするだけで、展望はほとんどありません。この先は少し歩きやすくなります。三角点ピークの手前で良く踏まれた道が現れます。ここは沢の行き止まりなので、ここに登ってくる道があるのかも知れません。この道を歩いていくと、山頂には行かずにピークを巻いて北側の419mピークに向かう尾根に出てきてしまいました。道はありませんが、南に尾根を登り返すと、北山四等三角点(422.8m)がありました。測量の残骸が見られましたが、白い標識も無く、山頂を示す標識もありません。

下山は東に延びる尾根を使いました。山頂付近はシダが生えていますが、少し降りるとはっきりした尾根になります。この尾根は岩場が多く、南側の展望が開けます。写真は新庄と前之庄を望んだものです。展望が良いだけでなく、登りに通った尾根に比べるとずっと歩きやすく、登山ルートとしてはこちらがお勧めです。250m付近まで降りるとシダが増えてきますが、林の中を抜ける場所のほうが多く、暗いのを我慢すれば快適です。最後は真っ直ぐ雑木林を進むと川沿いに出てしまいそうだったので、200m付近から南の植林を降りました。倒木があったので、少し西に進んだところ林道があり、地形図には無い溜池の土手を通って寺に通じる道に出てきました。

前之庄から北に夢前川沿いに広がる平地の北端の山ですから、岩場さえあれば展望は保障されています。登りは尾根の下の寺に向かって歩き、右側に鉄の柵のあるところから溜池の土手を通り(ネットがありますが、潜れます)、林道を通って植林を登るのが正解です。

展望 ★★☆
藪山度 ★☆☆

2008年9月27日土曜日

禿の行者山から石ヶ谷三角点

雪彦山の東にあるこの山については、幾つかのレポートがあります([1],[2],[3])。だいたいの様子が分かっていると気楽に登れるので、気楽に行ってきました。

車を佐中にとめて、妙見堂への247段の石段を登ります。大歳神社とお寺と妙見宮の三つの建物があり(妙見信仰については調べれば調べるほど分からなくなります)、その裏から山道があります。ここからしばらくは急斜面を登りますが、道があるということは有り難いことで、200m近くを登ってもさほど疲れません。涼しかったというのも理由でしょう。420m+で一息つき(今井と彫ってある石標があるので今井ピーク?)、513mピークまで登れば(川口ピーク?)、あとは楽な尾根歩きで、ときどき展望があります。そして590mくらいのところに石垣がありますが、おそらく小屋かお堂の基礎でしょう。

この先はスリル満点の岩場となります。南東側は絶壁となっており、展望は抜群です。最初の岩場をおそるおそる登ると、行者の石仏がありました。さすがは行者山です。その次の岩場はあまりに恐ろしく、これを歩くことは里山歩きの範囲を越えているので、北側の巻き道を進みました。それから岩をはいつくばって登ると、山の内三等三角点(649.87 m)です。山の内という三角点はもう一つあって、そちらは山の内1となっています。

三角点の南東に展望の良い場所があることが知られています([1])。ここから先ほどの岩場の写真を望遠で撮ったのですが、私が見た石仏の他に、怖くて歩けなかった屏風岩の端にも石仏があることを確認しました。写真で、左の矢印が私の見た石仏で、右が岩の端にある未確認の石仏(?)です。ますます行者山です。禿げていても、修行は怠らなかったと思われます。

この展望の良い岩場ですが、南東の端から先の道がありません。無理して降りることも考えたのですが、高所恐怖症気味の私としては安全策をとって、岩場の北側を巻いて進みました。岩場の下は急すぎて歩けないのですが、少し降りると歩ける程度の斜面になるので斜めに横切って岩場の南に出ました。南側から見上げると、とても降りられるような岩ではありませんでした。

この先の尾根は藪っぽくなりますが、切り開きがあります。場所によってはきちんと道になっている部分もあります。山の内三角点で大柿さんのピンクのプラスチック板を見つけたのですが、2008年5月9日となっており、最近のものです。山猿の山行き記録はリンクが切れて見られないのですが、山の内1三角点まで歩かれたようで、尾根にはところどころ赤いマーキングがあり、助かりました。605mピークを過ぎ、その先の540m+ピークで南西方向の尾根に降りかけて戻り(この尾根で下山するルートもありと思います)、551mピークへ南下しました。このピークから次のピークまでが若干難所で、上手に尾根の方向に降りる必要があります。倒木のある尾根に無事に降りられれば、その先は藪っぽいですが問題なく進めます。

石ヶ谷四等三角点(578.54 m)で一休みし、西に進みます。この付近でも時々禿の行者山が見えますし、南の七種山が見えることもあります。590mピーク(ここも川口ピークです)から下山することにしました。北の方に尾根を降りて行きました。希望としては北西に長く延びる尾根に行きたかったのですが、歩きやすい方向に尾根を降りると、ほぼ真北の尾根を降りることになりました。途中にも展望の良い川口ピークがありました。植林の尾根で、作業道もないので適当にジグザグに降りることになります。足元は杉の枝と柔らかい土なので、足にはかなりの負担がかかります。下山に40分ほどかかりました。最後は小川を渡って石積を登れば林道です。山の上から見ると林道の終点に白い堰堤が二つあったので、行ってみたのですが、平成16年と新しいものです。しかし見上げても岩場はよく見えませんでした。

全部で4時間半ほど歩きましたが、展望もあり岩場があって変化があるので長い尾根歩きとしては楽しめる方だと思います。下山も藪に出会わなかったので上出来と思います。それにしても、偉い行者さんが住んでおられたのですね。

展望 ★★★
藪山度 ★☆☆

2008年9月20日土曜日

上月の高倉山と宮ノ下三角点

羽柴秀吉が上月城攻略の際に陣を敷いたので有名な高倉山です。上月城とは佐用側を挟んで向かい合う位置にあります。この山の尾根は以前は南光町と上月町の境界でしたが、今は佐用町に統合されています。

179号線を西に走り、徳久駅前を直進して千種川沿いに走ります。登り口は、送電線が千種川を渡る場所にしました。地形図ではここから峠越えの破線道があります。ところがこの破線道は農場の中を通っているようなので、右手の急な丘を送電線の鉄塔を目指して登りました。ここは笹藪と書いてあったので([1])警戒はしていたのですが、背丈以上に伸びた笹が密集した非常に登りにくい斜面でした。かなり苦労して鉄塔に着きましたが、これはどう考えても不正解なルートです。

鉄塔は佐用線13です。ここから尾根沿いに登っていきますが、すぐに尾根は笹で覆われてしまい、破線道は消滅します。笹藪というのは笹だけではなく、灌木や蔓草が混ざっているため、前進に時間がかかります。北側の林に逃げ込むと、ここにも笹は生えていますが、いくぶん歩きやすくなります。最後はまた笹藪をかき分けて進みましたが、細かく砕いた発泡スチロールが散乱している場所を抜けると、ようやく植林に出てきました。関電の赤い「火の用心」が立っており、14号鉄塔は登りとなっています。ここは150m程度の標高ですが、ここにいきなり出てくるルートで登るべきです。北斜面は植林ですが、関電の巡視路が通っているようで、おそらくそれを使えばここへ出てくるのではないかと思います。

この先は斜面にえぐられた道を伝って峠まで出ます。峠からは尾根を西に歩きますが、ここも笹が茂っていて歩きにくいので、北側の植林に少し降りて歩きました。この先の尾根は笹と倒木が邪魔ではありますが、歩くのにはさほど支障がありません。傾斜もほどほどです。最後に尾根に出たところで右に曲がると、高倉山(357m)の頂上に出てきます。羽柴秀吉が陣を敷いたというだけあって、頂上付近に平坦地がたくさんあります。特に南西側は何段にも渡って明らかに人工的な平坦地がありますが、今は植林されています。陣を敷いただけらしく、石垣のようなものはありません。

ここから先の尾根に進むには、頂上から西の雑木林の方向に降ります。そして尾根沿いに南に歩きましたが、ここも歩きやすい尾根です。そのうちに智頭急行のトンネルの上に出てきますが、ここの尾根から北の佐用方面を望めます。南側も少し見えます。そして、ちょっとピークに登って少し歩くと宮ノ下三等三角点(299.12m)がありました。標石は笹に囲まれて、あまり地面から出ておらず、角が欠け気味で、そのうちに発見不可能になりそうです。(写真)

ここから先の尾根には道があり、落ち葉を踏みしめて気持ちよく歩けます。次の290m+ピークを南に折れ、植林を進みました。この先にも道がありますが、真っ直ぐ歩くと東に進路が変わります。これは平谷集落の北の尾根に出る道だと思いますが、途中から藪になってしまうので、少し戻って南側に下る分岐を見つけて、西向きの尾根へと進みました。234m地点は雑木林ですが、ここで背の高い笹藪の向こうにある植林の尾根を見つけて、更に南に進みました。少し痩せ尾根があり、それからまた190m+のピークに登り、南の尾根に進みました。ここには鞍部を横切る道があり、それを東側に降りると地形図にある実線道に出ました。車が通れるくらいの道ですが、倒木があります。下っていくと道はどんどん良くなり、智頭急行の下をくぐると平谷の集落に出てきました。あとは千種川沿いに車まで戻りました。

最初の登り口は全く感心しません。むしろ西側の佐用川側から登って、尾根を最後は仁位まで歩いて下山するのが正解なのかも知れません。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★★ 最初は強烈

2008年9月13日土曜日

明神湖の西の文殿三角点

菅生川を遡って、中国自動車道を四つ辻でくぐり、さらに北に行くと菅生ダムでせきとめられた明神湖がありますが、その西の山にあるのが文殿(ふどの)三角点(508.4m)です。この山は、名前がよく分かりません。松尾だという説もあります([1])。登り方は、地形図で見ると明神湖の手前のトンネルの上から登るのが楽そうですが、果たしてトンネルの上に出られるか、行ってみなければ分かりません。

菅生ダムから少し上流に行ったところに駐車場があります。ここからダムの方に戻る途中に、山に登る階段がありますが、はっきりと「立入禁止」とふりがな付きで書いてある看板が立っていますから、ここから登るのは気が引けます。そこで、ダムの脇にある兵庫県知事の署名のある菅生ダム記念碑の奥から尾根に登りました。文殿トンネルの上には切り開きがあり、少し登ると右手から階段が上がってきています。階段はこの先尾根を真っ直ぐに登っていくので、尾根登り変じて階段登りとなります。

この文殿トンネルは不思議なトンネルで、真ん中にドアがあります。ダムの側のドアは記念碑の脇にあるドアに出てくるのだと思いますが、反対側がどこに出るのか謎です。階段を下りて調べてみれば良かったかも知れません。なお記念碑の脇にも尾根に上る階段がありますが、上は藪なので役に立ちそうには見えません。

尾根の階段はまっしぐらに尾根を上りますが、一段が25cmもあって楽な登りとは言えません。急峻な尾根ですから、手すりの付いた階段のほうが楽なのは間違いないのですが、それでも休みながら登りました。階段は100m以上の標高を登って、「青のり山中継局」に到達します。ダムの状況を伝えるための専用中継局でしょう。地形図で見ると、ここは320m+のピークです。安志方面がよく見えます。

この後は、雑木林の尾根を登りました。そのうちに東側は植林になります。道ははっきりしており、勾配も緩いので楽ですが、最後に頂上に登るところは急斜面です。このピークはどちらから登っても急勾配のようです。山頂には文殿四等三角点(508.2m)があります。この付近は植林ですが伐採されています(写真)。とはいえ、展望はありません。

頂上で一休みして下山にかかりましたが、ここで大間違いをしました。北東に尾根を辿って小畑の方に降りるつもりだったのですが、気がついたら反対に西に尾根を歩いていました。山頂に南から登ってきたつもりだったのですが、実は最後は東側から上り詰めており、山頂で方角を確認するのを怠ったのが祟りました。山頂からの急勾配を降りた後だったので、引き返すのはやめて計画していた二つめの下山ルートを試すことにしました。これは、文殿にある補陀落寺の尾根に降りるという計画です。まず尾根を500mの小ピークまで歩き、南側の岩場を降りました。これで南西方向の尾根に乗ることができます。植林で割と歩きやすい尾根ですが、真っ直ぐ歩いて行くと谷に降りてしまいます。この谷には破線道があるのですが、本当にあるのか信用できないので、なるべく尾根を歩くことにしました。南に尾根を乗り換えて、更に南東の尾根に乗ろうとしましたが、結局この尾根にはうまく乗れず、そのまま尾根を最後まで歩くと谷に出ました。湿気の多い谷で、ヒルに食いつかれましたが、しっかりした道があり、文殿まで降りて、菅生ダムまで戻りました。

階段から頂上までは、適当な登山コースだと思います。展望もあります。あとは、方向をちゃんと確認すること、これに尽きます。

展望 ★★☆
藪山度 ★☆☆

2008年9月7日日曜日

山崎の横野三角点

横野三角点は、山崎町の塩田と上牧谷の間の山にあります。付近に横野という地名が無いので、探しにくいと思います。この三角点は塩田と上牧谷を結ぶ県道523のすぐ北にあり、アプローチは簡単そうです。

車を塩谷にとめ、舗装された県道523を歩き始めます。すぐに「通行不能 塩田一宮線」と書いた札が立っています。舗装道路は左に折れて進んでいます。先に行って通行不能にしろ、舗装道路が県道だと思うのが普通のような気がしますが、実はこの舗装道路は地形図で北に分岐している林道です。間違えて舗装道路を歩いたのですが、途中に配水池があり、その谷の奥でいきなり終わります。その先にも作業道があるようで、ここからでも山には登れそうでしたが、目的の三角点からは遠いので、県道に戻りました。

地形図で破線道になっている県道は、どんどん藪っぽくなります。しかし途中に「火の用心」と書かれた赤い札が立っており、これが関電の巡視路になっていることが分かります。これは非常に心強いことで、谷の南側斜面が大倒木地帯でも、道はとりあえず歩けますし、最後の峠の手前には関電の黒いプラスチック階段が敷設されています。

峠に出ると、上に63、下に64、右に「降」と書かれた赤い「火の用心」が立っています。目指す横野三角点は64号鉄塔の脇ですので、64を目指します。63号鉄塔には、前日2008/09/06に行っています。64号鉄塔へは植林の中の良く整備された道を登ります。最終は急勾配ですが、意外とあっさりと鉄塔に着きました。播磨西線64号鉄塔で、これも巨大です。東西の展望が良く、水剣山の反射板、黒尾山の鉄塔も見えます。忘れてならない横野三角点(406.3m)は、鉄塔の少し南にあります。

鉄塔から北に尾根を進みました。しばらくは65鉄塔に行く巡視路がありますが、これは東隣の尾根にある鉄塔なので、途中で尾根から降りてしまいます。こちらは真っ直ぐ尾根を進みます。植林の中の気持ちよい尾根歩きですが、一部分倒木地帯があります。次の480m+のピークへの登りは大変な急勾配で、木と岩に掴まってよじ登りますが、木は枯れていますし岩はぼろぼろに砕けてしまうことが多く、手こずりました。頂上は岩場ですが、展望はありません。

少し北に歩くと、眺めの良い植林の尾根に出ます。眺めが良いのは木が刈られているからで、北側の展望があります。この付近の尾根は手入れが良く、林道が近くまで来ていることをうかがわせます。最初に間違えて終点まで行った林道が、この尾根の西に来ています。そちらにも下山できそうでしたが、目標は尾根を北に進んで中野から塩谷につながる破線道に出ることでしたので、北東に尾根を進みました。その尾根の東の端は岩場ですが、アンテナ群があります。普通のVHFアンテナの他にコイル状のアンテナが立っているのが目を引きました。もう使われてはいないようです。東側の展望があり、目の前に水剣山がそびえています。

ここから尾根は北西に向かいます。しばらくは植林ですが、だんだん倒木が増えてきて、倒木地帯に突入です。だいたい標高460mから470mの間の付近は倒木が多く、その間に背の高い草が生えています。幹の太い草で、半分以上は枯れていますが、足元が見えないので倒木がどこにあるかすら分かりません。少し西側に降りてゆっくりと進みました。その先には450m+の鞍部があり、ここから西に植林を降りようかと考えていたところ、石仏を見つけました(写真)。地元の方が置かれた物のようで、人物は一見すると町人のようですが、蓮に載っているところを見るとこれは仏像なのでしょう。それよりも、この山の上まで来て「家内安全」というのに驚きました。ここまで来て家族を思う気持ちに元気づけられて、もう少し尾根を西に進みました。

ところがこの鞍部からすぐの所で東側を見ると、大規模な伐採が済んでおり、尾根から東側が裸になっています。ここが中野から塩野に抜ける破線道が通っているべき谷であり、おそらくひどい倒木が起きてそれが処理された跡なのでしょう。尾根上は木が切ってありますが、西側への倒木はそのままで、草も生え放題です。尾根を進むのは大変でしたが、東側の眺望は素晴らしく、目の前の水剣山から伊沢川の上流がよく見えます。

尾根の西側に破線道を探しましたが無いので、急勾配の植林を降りました。それから倒木の多い沢を降り、さらにシダの大草原を通り抜けると、林道に出てきました。これが地形図の実線道のようです。ところがこの林道は南にも延びています。とりあえずは地形図どうりに西に進みました。かなり溝の深い未舗装林道ですが、歩くのは楽です。そのうちに道がだんだん登りになるので地形図で確認すると、この林道は地形図の実線道とは違って北斜面を水平に進んでいます。地形図で実線道が南に折れているところに行ってみましたが、谷の真上で、道はありません、林道をそのまま進むか地形図の道を探すか悩みましたが、林道はどこに繋がっているか全く保障がありませんから、谷を降りてみることにしました。この谷は倒木が多く、沢は歩けないので斜面を斜めに降りました。しばらく降りると林道に出てきましたが、終点ではなく、北と南に分岐していました。可能性としては、北への分岐は先ほどの水平道に、南への分岐は尾根から降りてきたところで南に向かっていた林道に繋がっていたかも知れませんが、確認しないことには分かりません。

この後は、林道を降りて車まで戻りました。

県道523にはよくお世話になっています。与位から梯に繋がる倒木で塞がった峠越えの道も、梯から大谷に繋がる峠越え(見つけられずに梯の村の中に出てきた)もそうです。そしてこの大牧谷から塩谷に繋がる峠越えも、自動車はおろか歩くのさえも大変です。県道と言うからにはもう少し整備していただいても良いのではないかと思います。

展望 ★★☆
藪山度 ★★★

2008年9月6日土曜日

山崎町青木から登る北の尾根

なんと説明したらよいのかわからない尾根ですが、山崎から中国自動車道の北に連なる尾根です。2007/04/28にはその東端の最上山から尾根を歩き、上牧谷三角点付近で倒木に疲れて下山しました。その尾根の続きを歩いてみたかったわけです。尾根は青木の付近から北西に向きを変えて、県道523でいちおう切れています。この付近までを目標としました。

上牧谷三角点を避けるために、北西にある460m+のピークを目標としました。このピークから伸びる尾根は、山崎町青木に達しています。尾根の端の北側標高200mほどの所に建物のマークがあり、ここまでは道がありそうです。そこで、青木の西にある林道から入ることにしました。この林道は谷をぐるっと回って西の尾根に達していますが、入り口のあたりから東の尾根に取り付くことを考えました。

林道の入り口にある獣避けの金網の扉を開けて入ると、すぐ右手に階段が見えます。大変な急階段で、けっこう長いので疲れますが、登ると地形図の建物マーク、青木配水池があります。この先は道がないので、藪に入ります。作業道らしき踏み跡があるので尾根まで登ると、やや深く溝が掘られています。この溝に沿って尾根を登っていくことができます。最近になって思いついたのですが、このような尾根の溝は、むかし山から材木を降ろすときにでも使ったのでしょうか?溝の中に倒木があって歩きにくい場所もありますが、方角としては溝に沿って登れば尾根を登れます。溝の終わりは標高350mほどの広い尾根で、東側は植林です。ここからは頂上を目指してひたすら登ります。

青木から1時間ほど登って、460m+ピークに着きました。北側の上牧谷が見えます(写真)。風が心地よいのですが、風通しが良いために植林が倒れたのでしょう。倒木は処理されて短めに切られているので、その上を歩いて北西に尾根を進みます。倒木だけならよいのですが、間に背の高い草が生えています。特に鞍部まで降りると草が元気よく茂っており、足元の倒木が見えなくなってきます。また、太い倒木は乗り越えればよいのですが、細い倒木には枝が付いているので乗り越えるのも大変です。しばらくは倒木の多い尾根を避けて北側の雑木林を通りました。

再び登りで、また460m+のピークがあります。ここは雑木林ですが、木の密度が低いのでこの付近の雑木林を歩くのは困難ではありません。蜘蛛の巣だけが問題です。このピークからは西に尾根が延びており、青木に戻ることも可能ですが、尾根を辿るために北東に進みます。小さなピークを越えて、すぐにまた460m+ピークがあります。ここから北西に延びた尾根を降りてゆきます。ところどころ切り開きがあります。雑木林の倒木は数が少ないので問題ありませんが、植林の倒木もあって避けるのに苦労します。

尾根が県道523の鞍部と接近している付近の北側は植林で、倒木地帯でもあります。北に降りる道がないか気をつけていたつもりですが、特に良い道があるわけでもないので、そのまま尾根を歩いて398mピークに出ました。この付近も雑木林です。そして、その先の送電線の鉄塔に行きました。播磨西線63鉄塔です。平成9年建設の巨大な物です。足の間の距離が20mくらいあります。

送電線の巡視路で下山するつもりだったのですが、鉄塔の周囲に赤い火の用心の板が見つかりません。東側には登ってくる道があるのですが、これにも火の用心は無く、西側には道すらありません。しかたがないので尾根に引き返し、398mピークから南西に延びる尾根で下山しました。これは大正解で、最初は藪でしたが、最後は例によって溝があり、それに沿って降りると植林に入り、最後は地形図の神社マークに出てきました。小川を渡ると林道があり、獣避けの扉を通ることができます。

このコースは尾根に倒木が何ヶ所かあるので、あまりお勧めはできませんが、他は標準的な尾根歩きです。三角点が無いのが残念ですが、実は地形図を見ると出発点近くの鍛冶屋に155.1mの三角点があるはずです。道路脇を探したのですが、結局見つけられず残念でした。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆ 倒木あり

2008年9月5日金曜日

福崎の住吉山

中国自動車道が東から福崎の街に近づくときに、その南に東西に延びているのが住吉山です。山の北側に住吉神社があります。200mそこそこの低山ですが、だからこそ藪には要注意です。登り口は山の西側の余田にしました。「福崎町戦没者慰霊塔」と書かれた登山口を登ると、「兵庫県知事 金井元彦」と署名のある昭和42年建立の立派な慰霊碑が建っています。この辺りまでは車でも登れます。その先に「余田配水池」という名前の池ではなく給水タンクがあり、ここからは山道となります。

斜面を登っていくと、鉄条網で囲まれた場所があり、それを避けて通りますが、中には壊れかけた木の小屋があるだけです。以前は鉄塔でも建っていたのかも知れません。そのまま登ると、ほどなく住吉山四等三角点(200.40m)に着きます。市川方面の展望があります。

この先も尾根道が続いています。途中で倒木に腰掛けて休んでいると、蚊がたくさんいるのに気がつきました。低山の問題の一つです。しばらく歩いて、少し登ると次は八千種山三等三角点(257.41m)です。八千種は、余田の南の地名で、ここが八千種山だというのはちょっと納得できません。

この東側の尾根には三叉路があります。直進すると山を下りますが、右(南)に曲がると更に尾根を歩けます。加西市と神崎郡福崎町の境界です。しかしこの道はやや藪っぽく、ここまでは半袖可でしたが、ここからは長袖着用になります。シダが生い茂っていたり、道の脇に大きな岩があったりしますが、迷う可能性は少なく、吸谷町から余田に抜ける道の通る鞍部に出てきます。ここで山を下りることもできますが、更に南の斜面を登ると、送電線の鉄塔(玉野溝口線21)があります。ここでは東の北条方面の展望が得られます。

送電線から南に歩くと、送電線の保守路は西側に降りて行きます。ここから南の山は道が無く、藪を抜けて歩きます。灌木が茂っている場所は無いので歩けるのですが、枝や蔦を払いながら歩かねばなりません。その南の山は260m+ですが、何もありません。真っ直ぐ南の尾根に降りると、ここからはしばらく道があります。これは西へ市界を辿っていきます。途中で一度尾根から少し南にはずれますが、また尾根に戻ります。しかし、その先で道はなくなり、またしても藪漕ぎになります。

藪を抜けて、急な下り坂の手前に福井谷四等三角点(183.49m)があります。周囲は藪で、三角点も腐葉土に埋もれています(写真)。この先は斜面を降りると道があり、鞍部の破線道に出ます。この先も藪抜けを覚悟すれば歩けそうでしたが、破線道で南西に降りることにしました。この道も倒木などで見失いそうになりそうな道ですが、とにかく山を下りられました。最後は植林の端を降りました。

割と良く整備された道と、雑木林の藪の両方のあるルートでした。南側の山は蛇足で、住吉山だけで東に下山するか、鞍部から西に帰るか、送電線巡視路を使って下山するべきだと思います。道の良い部分は空き缶などがたくさん落ちており、道が悪い部分は藪っぽくて歩きにくいというのが問題でした。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆

2008年8月31日日曜日

山崎の野々上三角点

野々上三角点は、山崎の北、揖保川東岸にある野々上の東の山にある三角点です。もちろん野々上からも登れると思いますが、三谷から林道を北に辿ると三角点のすぐ近くまで行っているので、このコースで登ることにしました。

三谷村から更に東へ行って、林道が分岐する付近に車をとめました。この分岐点には「みぎ あんじ ひだり ???」と書いた大正時代の石標が立っています。左は行き止まりなので、何と書いてあったのか興味ありますが、読めませんでした。ここから沢沿いの道を終点まで歩きました。途中に木材加工の作業場や資材置き場があります。その先からは舗装が切れますが、よく整備された道です。途中で車両通行止めになりますが、良い道は続きます。ただ標高はどんどん上がって行きます。沢はずっと続きますが、だんだん細くなります。最後は350m+まで登り、終点には木戸のようなものがあります。周囲には背の高い草が生えており、草の中に丸い掛け時計が落ちていました。

ここから先は沢しかありませんが、水があるので歩きにくそうです。道を探したのですが見つからず、結局東側の斜面を登ることにしました。最初は低い松が植えてあり、切り株も多い植林です。少し登るとシダやイバラが増えてきて、さらに倒木が多くなります。草をかき分けて登りますが、足元が見えないので困ります。ジメジメしており、案の定ヒルに食いつかれました。さらに急斜面の倒木地帯(しかも倒木の間は草で埋まっている)を登り、最後に防獣ネットが現れるとその先尾根までは手入れされています。

出てきたのは、地形図の518mピークの北の鞍部で、北へ進みます。尾根は歩きやすく、たまにある倒木を避ければ問題なく進めます。石標がところどころにあります。広い尾根に出て、倒木の間に三角点を探しましたが、他の赤い石標がたくさんあって迷いました。数字を書いたタイルをはめ込んだ、たつの市に多い石標まであり、最後にやっと野々上四等三角点(597.7m)を見つけました(写真)。これは他の石標よりは目立たないところにあるので気を付けないと見逃します。この付近の三角点は他の石標と同じく赤く塗ってあります。

三角点のある広いピークをさらに西に進んで南の尾根に降りました。ここからしばらく尾根を南に進みました。そのまま真っ直ぐ降りると林道の終点近くに降りられそうでしたが、その前で西に進路を取りました。すると左手に防獣ネットが張られており、快適な尾根道になりました。これはしばらく続きますが、ネットに沿って進むと次の470m+ピークで東に行ってしまうので、ここは更に南西に進みました。

このあと、543mピークに登りました。この付近の尾根には植林の間の道が多いようです。石標はずっと埋められています。展望はほとんどありません。543mピークを降りて、次に500m等高線を登る付近は岩場になっています。そして、また広い尾根に出ると、三谷三角点(568.7m)があります。

ここから先は2008/08/17に歩いたコースの逆コースです。なだらかな尾根を南に下ります。500m等高線のはずれを何も考えずに進むと、南東向きの尾根に出てしまいます。この尾根でも下山できるかも知れませんが、前と同じコースに戻って、送電線の鉄塔に出ました。神野溝口線30号鉄塔です。良い眺めです。ここからは送電線の巡視路で降りました。斜面をつづらに降り、その先は尾根に道があるのでそのまま下山すると、三谷の村のど真ん中に出てきました。

林道の終点から登るのは明らかに間違いです。おそらく終点の手前で西側の斜面から登るのが、三角点に到達するには一番楽ではないかと思います。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★★ 最初は大変でした

2008年8月24日日曜日

西から登る淡路ヶ丸

淡路ヶ丸は東の安富町末広から登るのが一般的で、2008/04/12にその記録があります。しかし、地形図を見ると山崎町三谷から三谷川沿いを進んで尾根を登れば淡路ヶ丸に登れそうです。このルートを試してみました。

三谷村の先に車を停めて、川沿いの道を東へ進みます。川が北に進路を変える付近に東に延びて行き止まりになっている林道がありますが、この林道の入り口付近の北斜面を登りました。最初は非常に急斜面でした。苗木が植えてあるので気を付けて作業道を登ります。少し登ると尾根らしくなり、切り開きがあります。

この後は、東の尾根をめがけて真っ直ぐ登りますが、そんなに急ではありません。到達するのは淡路ヶ丸の北西ですので、尾根を歩いて淡路ヶ丸に到達。富栖四等三角点(533.62m)があります。付近の井戸をじっくりと見学しました(写真)。井戸については、2008/04/12を見てください。

ここからは前回と同じく南に尾根を進みますが、479mピーク付近の藪は前よりも厳しくなっています(単に季節のせいかもしれません)。その南の524mピーク付近はネットが張ってあります。ちょっと入ってみましたが、ネットの外よりもひどい藪でした。今回はネットを南からぐるっと回ってピークの西側に行ってみたところ、林道の終点がありました。この林道を降りると、南の送電線の鉄塔のある鞍部に出てきました。結局前回と同じです。実はこの前に三谷の北側の尾根を歩いたときに、この524mピークの北西の尾根に林道が見えていて、それを降りるつもりだったのですが、それにはもっとピークを北西に回り込む必要がありそうです。この後は、名坂山崎線を三谷に降りました。

これはショートコースとして悪くありません。しかし尾根はかなり藪っぽいので、山歩き愛好家向きではないかも知れません。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆

2008年8月17日日曜日

山崎の三谷三角点

三谷三角点は、山崎の北東の山にあります。長い尾根が南西に伸びており、尾根歩きにはもってこいの山に見えます。どこから登るかですが、山崎町三谷に岡神社という神社があり、この裏手を起点としました。ちょっと植林を登って尾根に出ると、割と歩きやすく、314mピークを過ぎ、送電線の鉄塔に出ました。神野溝口線30号鉄塔ですが、昭和14年の可愛らしい鉄塔です。ここで少し展望を楽しんでから、さらに尾根を登ります。最初は水流で溝の掘られた斜面ですが、そのうちに木がまばらな広い尾根になります。じっくり登り続けると、三谷二等三角点(568.7m)に出てきます(写真)。二等三角点ですが、周囲は静かな森林で上空もあまりよく見えません。

この先は更に北に進み、下山のために途中の分岐で西に進路を取りました。この後も道はありませんが、倒木などはあまりありません。場所によってはちょっと湿っぽいところもあります。広くなだらかな尾根が続き、マムシに会いました。途中に岩場があって山崎の街が望めます。そして神野溝口線25号鉄塔があります。

この先をどう降りるかは難しいのですが、私はもう一つ三角点を見ようと思って、495mピークから北側の尾根に進みました。この尾根は岩場が多く、展望が楽しめます。そして、矢原四等三角点(341.8m)があります。最後もさほど困難は無く、神谷の村に出てきました。

ぐるっと一周コースですが、最後に南側の尾根を選べば起点の近くにも帰れそうです。山崎の町以外の展望はなく、上の短い文章で分かるようにとりたてて特徴のある場所もありません。しかし気持ちよく山の中を歩けるルートなので、散策の好きな方にはお勧めできます。

展望 ★★☆
藪山度 ★☆☆

2008年8月16日土曜日

立船野三角点

立船野(たちょうの)は夢前川の上流、山之内にある村ですが、立船野三角点はその南西に位置する589mピークにあります。位置的には明神山から真北に尾根沿いに行った地点と説明したほうが分かり易いでしょう。

この明神山の北に南北に連なる尾根を歩こうと思って、菅生川上流の小畑に行きました。明神湖の北にある村ですが、東の尾根に直接登るのは難しそうです。最初に計画していたルートは、小畑から夢前川沿いの寺河内へ東に延びる破線道を登って峠まで行き、そこから尾根に登るというものでした。しかし、小畑から破線道らしき道を通って寺の前まで行きましたが、その先には道がありません。しかたないので寺の北の植林を東に登りました。地形図では、この破線道と自動車道が平行して走っており、帰りに自動車道を通ったので破線道を探したのですが、ここはかなり深く倒木の多い谷で、まともに歩ける道があるようには思えませんでした。

寺の北側の植林は非常に急斜面ですが、作業道があります。太いプラスチックのパイプが土に埋まっており、共同アンテナへの登山道であることが分かります。真っ直ぐに尾根を登っていて非常に急勾配ですが、あちこちにロープが張ってあるので、それにつかまって登ることができます。しかし古いロープなので全体重をかけるのはちょっと躊躇しました。この斜面を地形図で見ると、あまり登ろうという気にならないくらい等高線が密です。共同アンテナあってこその登山ルートになっています。

1時間近く登ると、尾根に出ました。620mピークの一つ北にある590m+のピークです。共同アンテナがあり、東側に良い展望が広がります。アンテナの南は藪で、これを無理やり突破すると、あとは南に尾根沿いを歩くことができます。道と言うほどのものはありませんが、歩きやすい尾根です。620mピークを過ぎると岩場が多くなり展望も良くなります。西も東も見えます。写真は東の夢前川方面を見たものです。急な岩場にはロープが張ってあります。展望の良い尾根はずっと続きます。最後は589mの立船野四等三角点に向けて登りになり、三角点に到達です。

三角点に着くと、次は下山を考えなければなりません。いろいろ考えて歩き回った末に、三角点から北に少し尾根を戻ったところから、西に延びる尾根を伝って降りることにしました。降りやすい尾根でしたが、最後にじめじめした沢に出ました。そこを抜けると広い水のない川底で、堰堤の上流でした。地形図では沢に沿って道があるのですが、見あたらないので沢を降りました。最後に菅生川を渡るのは橋がないと無理なので、道を探して橋を渡って車道に出ました。

このコースは展望が良いのでお勧めできます。ただし下山は工夫が必要です。健脚の方は明神山から縦走というのも可能でしょう。

展望 ★★☆
藪山度 ★☆☆

2008年8月15日金曜日

西から登る小畑三角点

小畑三角点は、雪彦山から南に下る尾根の南端近くにあります。東側の、菅生川上流の小畑から林道が麓まで延びていますが([1])、西から登ってみました。起点は栃原川の上流、「自然修養道場 大心寺」の手前で東に入る林道です。ここには養鶏場があり、かなり臭います。しかし、獣避けのゲートを開けて林道を登り始めると、じめじめはしていますが気持ちの良い山歩きとなります。

この林道は地形図の通り尾根に達する前に終わってしまいますが、その後も沢沿いに作業道があります。倒木で通りにくい箇所もありますが、とにかく沢沿いに登って行きます。最終的には尾根にかなり近づきますが、ここから尾根までは倒木(それも傾斜に沿って倒れているものが多い)の急斜面です。土が軟らかいので足元が不確かですが、尾根まではすぐです。

尾根の反対側も植林ですが、尾根には少しだけ雑木林が残っており、尾根伝いに歩くのは楽です。まず少し南に585mピーク付近まで行ってみて、倒木処理で開けた場所(末広三角点の北側)を確認し、それから北の小畑三角点に向かいました。植林を抜けていきますが、三角点の付近は木が切ってあり、背の高い草やシダが生えています。この付近は歩きにくく、三角点までの最後のアプローチは難関です。小畑四等三角点(682.6m)も草の中にあります(写真)。

小畑三角点からさらに北に尾根を歩くには、三角点からほぼ東に倒木や背の高い草をかきわけてスロープを降りる必要があります。そして北に進みますが、この付近の尾根は細くなっています。この尾根から三角点の北側の林道に降りるつもりで、尾根の鞍部から西に斜面を降りました。このルートは完全な失敗だったとだけ書いておけば十分です。斜面の下の谷には背の高い草が生えており、足元が全く見えません。しかたないので斜面を少し登って、谷の東側の植林を斜めに歩いて降りる羽目になりました。急斜面で、植林のために土が軟らかく、湿気が多く岩には苔が生えています。倒木も避けなければなりません。結局は林道に出られたのですが、とてもお勧めできるルートではありません。どれが最良のルートだったのか、今でも分かりません。一つの案は三角点から真っ直ぐに尾根を降りて林道に向かうことです。少なくとも尾根は歩けると思いますが、林道に出てくるところは明らかに急勾配の植林でした。

このルートは北側の湿気の多い地帯を通るので、爽やかな山歩きを望む方には向かないでしょう。この付近の山は概して歩きにくいので、もう少し調査が必要だと感じました。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★★★

2008年8月9日土曜日

梯から登る水剣山

宍粟50山に選ばれたとかで登山する人が増えたらしい水剣山ですが、一般的な登山ルートは山崎町大谷から送電線の巡視路で尾根に出る道だと思います。このルートは最初が急勾配で、尾根に出る頃には疲れてしまいます。もっと楽なルートはないかと探したのが、今回の北東からのルートです。

山崎町梯から、北に延びる林道があります。これを峠まで行くと、そこから水剣山までは地形図で見る限りは1kmほどのゆるやかな尾根道です。いかにも楽そうなので、暑い夏の日にもかかわらず行ってみました。

梯から北に向かう林道は、車は許可がないと入れません。大部分は木陰の道なので、夏でも快適に歩けますが、3kmもあります。しかもずっと登り坂です。この登山コースが楽なのは、この林道で標高にして400m近くを登るからです。この林道は沢と平行していますから、疲れたら沢で水浴びをしながら歩くと良いでしょう。

林道の終点は少し開けていて、たき火の跡があります。峠に行くには、この終点の少し手前で右に折れて沢を渡る必要があります。前に峰旗に登ったときにここに降りてきたので道は分かっているつもりだったのですが、見事に間違えて林道の突き当たり右側で沢を渡ったため、すぐに道が無くなりました。金属製の堰堤の脇を通って沢を登りましたが、背の高い草が増えてきたので左手の尾根に登りました。ここにはネットが張られていたようですが、今はぼろぼろです。ここを登っていったところ、結局目指す峠から水剣山の方に登った標高650mくらいの地点に出ました。

ここから水剣山までは真っ直ぐ尾根を登るだけです。道はありませんが、切り開きが多少あるので歩きづらくはありません。植林も雑木林もありますが、倒木は少なく、北斜面で下草も多くありません。どんどん登って行くと左手からの尾根と合流する地点があり、これが742m地点のようです。この付近はなだらかで、暑くさえなければ快適な山歩きが楽しめるはずです。

尾根はだんだん急になってきて、最後は岩場になりますが、登るのは簡単です。そうするといきなり北側に視界が開け、黒尾山が見えます(写真)。この地点は、南から登って来ると通らないので要注意です。ここにもネットが張られています。この先はすぐに蔦澤三等三角点(872m)のある水剣山山頂です。しばらく休みたかったのですが、ハエが飛び回っており、長居のできる状況ではありませんでした。

登山者が増えたことの御利益として、標識やマーキングが増えたことがあります。山頂から東の尾根へ降りるルートには「東尾根方面下山道」という標識があり、マーキングがたくさんあります。見通しが悪く、東尾根の方向はほとんど見えませんから、この標識には助かりました。その後のマーキングも、おせっかいと思う人もいそうですが、倒木を避ける巻き道まで親切に示しています。急勾配を降りて、涼しい風が心地よく岩場の楽しい吊り尾根を通ります。それから一山登ると、806mピークにある関電の梯反射板に出てきます。ここは展望が楽しめます。

ここから先は、梯に降りようと思うと真南ではなく少し東側の尾根に向かう必要があります。この分岐は分かり易く、その先の尾根も道こそありませんが歩きにくくはありません。かなりの急勾配を降りるので心配になりますが、尾根を外す恐れはほとんどなく、鞍部まで降りると西から関電の送電線巡視路が上がってきています。次の678mピークは巡視路は西側を巻いており、さらに下ると巨大な鉄塔があります。この鉄塔は斜面に建っており、「転落注意」の札が立っています。番号札を見に行くのは大変そうだったので確認していませんが、播磨西線71の筈です。播磨西線の鉄塔の多くにあるように、周囲にはネットが張ってあります。しかし、通行を妨げるようなものではありません。この手前に72鉄塔への分岐があり、それを伝って下山することも考えたのですが、72鉄塔の先がどうなっているか分からないので止めました。しかし72鉄塔はかなり低い位置にあるので、多分沢に降りられると思います。

この先は巡視路がないので、倒木やイバラに悩まされますが、比較的勾配の緩い尾根です。次の570m+のピークには、TVアンテナ群があります。展望も良好です。この南は峠越しに大谷から梯を結ぶ破線道まで、急勾配の植林を降ります。「NHKケーブル埋設」という杭が打ってあります。峠に出るまでこの破線道が存在するか心配だったのですが、ありました。梯までは若干倒木がありますが、楽な下りです。ただし降りてきたのは地形図にあるような梯の南側ではなく、集落の西側でした。

このコースは、道はありませんが迷う恐れは少なく、急勾配の登りがない点がお勧めです。ただし帰ってきたら足が血だらけで、蛭がいることがわかりました。多分最初にまぎれこんだ沢だと思います。ご注意下さい。

展望 ★★☆
藪山度 ★★☆

2008年8月7日木曜日

間違った道で登った安富町の鎌倉岳

鎌倉岳は、富栖湖の東に位置する山です。若山四等三角点(725.5m)があります。長い尾根が南に延びていますが、その南端の栃原から登るとあまりに距離が長いので、栃原川に沿った林道を北上してその終点から登るのが一般的なようです([1],[2],[3])。そこで、そのルートで登ってみました。

林道は途中から未舗装になり、ややでこぼこがありますが、東に向かって二つに分岐するところまでは難なく自動車で行けます。ここからは、北に向かう林道を歩きます。この道は以前は立派なものだっただろうと思われますが、今は岩が多くて歩きにくくなっています。途中に石で作られた美しいスロープが現れます(写真)。このスロープの左手には滝があり、急斜面を登らなくても良いように作られたのだと思いますが、徒歩でなら十分登れる斜面です。スロープの下には炭焼き釜があるので、おそらく山奥で切り出してきた木材を降ろすためのものだったのではないかと思います。かなり古い物でしょうが、今でも美しい姿で残っているのに感動しました。

スロープを上がった先も道は続きますが、倒木もあり、ますます歩きにくくなります。最終的に沢が分岐する地点に小屋が立っています。鎌倉岳はここから左に折れて沢を登ります。しかし、少し歩くと沢に倒木と背の高い草が増えてきて、歩きにくくなってきます。右手を見上げると岩場があり、さほど登るのは難しくなさそうなので、岩場を登ることにしました。これが判断の間違いでした。岩を登っても、その上は倒木と背の高い草で、結局右手にトラバースするしか道がありません。これは、小屋の背後にある山に登ることを意味します。この山は頂上まで植林なので、歩きやすいのですが、最初のうちはかなり急斜面です。

尾根に着くと、雑木林です。道はありませんが、木は歩くのに支障ありません。問題なのは倒木です。鎌倉岳に向かう途中の尾根にはいくつか倒木地帯があり、それを越えるのは容易ではありません。植林の倒木の場合、尾根を横断する形で倒れており、しかも周囲に背の高い草が生えていることが多く、根の方に廻っても枝の方に廻っても歩きづらくなっています。これらを通り抜けるのにかなり時間がかかりました。この辺りの尾根は植林ですが、太い広葉樹が残っていることがあり、その下で何度か休息しました。結局1km程度の距離を1時間半かかってアップダウンしながら歩き、TVアンテナの脇を通り、鎌倉岳に着きました。

鎌倉岳の頂上は、現在は木が切られていて広場になっています。しかし周囲の木の背が高いため、眺望はあまり効きません。この付近からは雪彦山がよく見えますが、あとは北西の関にある別荘地帯が見える程度です。

下りは、正しいルートを探すことにしました。登りでは倒木がありそうでしたが、降りる道は他にはないので、意を決して三角点の北側のピークから南東に延びる尾根を降りました。この尾根は歩きやすく、登るのもさほど困難ではないと思います。尾根の最後には岩があり、ここからは沢を降ります。石が疲れた足の裏に当たって歩きにくく、また倒木もいくらかあります。しかし、なんとなく倒木と背の高い草を抜けていると、分岐点の小屋に出てきました。登るときに通れそうに見えなかった沢が、簡単に降りられたわけです。

もう少し頑張って、みんなの登っている沢道を探すべきだったと反省しました。おかげで倒木の多い尾根を大回りしました。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★★

2008年7月21日月曜日

能下三角点から三濃山

相生から播磨科学公園都市に向かう県道相生山崎線(実は山崎には繋がっていない、[1],[2])を三濃山トンネルに向かって北上すると、両側が険しい山になってきます。左手(西側)は城跡のある感状山で、ハイキングコースですが、右側(東側)の山並みにはハイキングコースはありません。下から見上げると岩山が見えますが、これら権現山や高巌山には矢野町森から登るのが一般的で、私も「相生市矢野の権現山」(2006/09/30)に記録を残してあります。

更に北にある山は、矢野町能下(のうげ)から登るのが楽そうです。この付近には西播線と播磨線の二つの高圧線が走っており、保守路もありそうですから、ルートもありそうです。そこで能下に車を停めて八幡神社の前から登り始めました。送電線への赤い「火の用心」があり、指示どうりに登ればすぐに西播線53の鉄塔です。ここから北は巡視路ではなく、シダも生えていますが、尾根道があります。少しずつ登りですが、急勾配はありません。途中から幅1m程度の道が現れ、次の高圧線鉄塔(播磨線17)の東側を通っています。ここで尾根まで登ると、能下四等三角点(330.6m)(写真)があります。ちょっと岩場があり、展望もあって休憩にはもってこいです。

この後の尾根も、東側に少し降りたところに道があって、歩きやすくなっています。少し整備すればハイキングコースになると思います。そして400mの標高線を越した付近で一度道が不明瞭になり、植林に入りますが、すぐにコンクリートの道に出てきます。この付近はゴミやタイヤが散乱しており、人の気配を感じます。実はここから東側の平らな尾根は一度別荘地として開発されたらしく、地形図にもいくつかの道が描かれています。これらはすべて別荘地の中を通る舗装道路です。山中だというのに赤い消火栓が道路脇にあって違和感があります。

舗装道路は枝道が多くて迷いそうですが、東へ進むと交差点に出てきます。北に降りれば池の西側を通って三濃山峠越えの旧道に出ますが、もっと東に砂利道を歩いてみました。「××様所有地」という札が立っていますが、尾根とはいえじめじめしており、私ならここに別荘を買おうとは思わないでしょう。この道の行き止まりは、二つのパラボラアンテナを持った通信塔でした。何も表示がないので、さらに東にある2本の通信塔と同じく、防衛庁の持ち物ではないかと推察されます。しかし、有刺鉄線だけで監視カメラも付いていません。この先は道がないので、電柱を伝って降りることにしました。途中から植林の作業道を通って、旧道に出ました。

ここからは三濃山に行きました。旧道を少し西に戻ると、北に入る道があります。この付近から尾根が三濃山まで続いています。旧道から入った道は植林の作業道らしく、そのまま歩くと北に降りてしまいそうなので、尾根に登ると切り開きがありました。この先の尾根の切り開きは、時には山道っぽくなりますが、時には消えてしまって木の間を歩くことになります。この尾根は相生市とたつの市の市界なので、石標やマーキングもあり、迷う恐れはあまりありません。勾配もあまりありません。北側には地形図に無い林道ができているようです。

上手に尾根を伝って歩くと、相生山崎線の三濃山トンネルの真上に出てきます。真上と書いてある訳ではありませんが、岩の多い平坦地があります。そこから先は三濃山に向かって登りとなります。100m程度をだらだらと登ると、三濃山山頂に出てきます。ここでやっと南側の眺望が開けます。そういえば、ここまでは送電線の下以外はほとんど眺望は無かったような気がします。

三濃山で風に当たって涼んだ後は、南に降りて、さらに東の谷を下りました。感状山の方に尾根を歩いて、送電線の保守路を降りるというルートもあるのですが、保守路が見つからないと悲惨なことになると思い、安全なルートを採りました。この谷あいの道は、昔は良く使われた道でしょう。いまでは若干不明瞭な部分もありますが、電信柱に沿って歩けば問題ありません。美しい石積みが多く、歴史が感じられます。降りてきた場所は能下よりはかなり北なので、相生山崎線を下ります。最初は旧道があり、犬塚五輪塔という文化財もあり楽しめますが、最後しばらくは歩道のない相生山崎線を歩かねばなりません。道幅が広いのでさほど怖くはありませんが、考えてみるとこんな場所の道路に歩道を付けたら税金の無駄遣いと言われるのでしょうね。

歩きやすいルートでしたが、一般向けとは言えません。山頂の旧別荘地には建物も残っており、探検隊としては見逃せませんが、一時期不法投棄が多かったらしく、ゴミには辟易します。

展望 ★☆☆
藪山度 ★☆☆

2008年6月15日日曜日

牧から登る牧山

牧山というのは,たつの市と宍粟市の境界にある山で,上比治三等三角点があります。この前に市境を歩いた時に,この山の名前が牧山だということを知って,西側の牧から登ることを思いつきました。問題はどこから登るかですが,とりあえず角ケ鼻の付近で登りやすそうな尾根を探しました。牧山に通じる尾根の一番西側のものは角ケ鼻まで延びていますが,麓に人家が多いので登りにくそうですし,見たところ非常に急です。角ケ鼻から福原の方に入ると,川を渡って北東に入る道があります。この沢を上り詰めて東側の尾根に取り付くというのが「点の記」にあるコースですが,ここも急勾配だったので(後から見ると,何箇所か登れそうな場所もありました),結局もっと奥の(東の)大開窯の前の尾根の端から登りました。福原の北の尾根です。これも急斜面ですが,少し山に入ると里山だけあって道の痕のようなものがあって,登っていけます。すぐに尾根に出ます。

尾根といっても,低い位置なのでここからずっと登りが続きます。若干人工物もあって,里山として使われていた雰囲気もあります。尾根道は草が生えていないので登りやすく,この尾根は悪い選択ではありません。尾根は最初は東に延びていますが徐々に北東に向きを変え,西側の尾根が見えてきます。西側斜面は倒木が多いようです。痩せた尾根もあって,楽しめます。450mを越して,ようやく西側の尾根と合流します。そしてすぐに南北に走る尾根に突き当たります。ここで進路を北にとります。この付近は植林が多く,尾根にはそのための作業道の痕跡がありますが,はっきりしない箇所も多いようです。作業道は尾根のピークを巻いていることが多く,ここは忠実に尾根を北に進みます。

尾根は藪っぽいところもありますが,歩くには支障はなく,三角点よりも標高の高い510m+のピークを越して,牧山山頂,上比地三角点(505.7m)に着きました。以前に来たことのある場所に来るとほっとします。登りはじめから1時間ちょっとでした。少し休憩して,三角点の真南にある490m+のピークにも行ってみましたが,植林の山でした。ここからは来た道を引き返しました。今度はなるべく林道を使ってみたのですが,消えてしまうことが多いのでかえって苦労しました。

次の目標は南の福原三角点です。尾根をまっすぐ南に進みます。尾根にも若干の倒木がありますが,斜面の倒木に比べれば知れています。真っ直ぐ南に進むと480m+のピークに行ってしまいますが,その先には尾根がないので,手前で西に折れて,それから更に南に尾根を進みます。登ってきた尾根も一部そうだったのですが,この辺りは松茸が採れたことがあるようで,尾根の木に荷造り用のビニールテープがからまっています。

福原三角点の北の鞍部付近は気持ちの良い植林ですが,鞍部の東側には背の高い草が密集して生えているのが目を引きました。この標高では珍しい光景です。三角点のあるピークまでの登りはきつく,途中で若干の展望があります。このコースで遠くが見えたのはここだけだったので,写真を載せておきます。福原三角点(486.2m)は以前にも来ましたが,気持ちの良い雑木林の中で,座るのに手頃な岩がいくつかあります。「兵庫県造林緑化公社分収造林地」と書いた杭が立っています。

ここからは下りですが,少し南に行ってから西に尾根を進みました。この尾根は真っ直ぐ降りると福原です。北の斜面は遠目に見て倒木がひどかったのですが,最後はその倒木地帯を右に見ながら雑木林と植林の境目を北に降りました。斜面の下の方では植林の倒木地帯を抜けざるを得なかったのですが,これだけの急斜面だと笹藪を突破するのは困難です。最後に川を渡って降り立ったのは,福原を抜けた舗装道路の終点でした。

この付近の尾根にはあまり倒木がないので,気持ちよく歩けました。これほど展望に恵まれないコースというのも珍しいのですが,山歩きは十分に楽しめます。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★☆☆

2008年6月7日土曜日

馬谷から明神山

大人気の明神山ですが,西から登るルートはあまり開拓されていません。しかし,地形図を見ると西からの2本の尾根は絶好の登山ルートと思われます。そこで,2本の尾根で西の馬谷から往復するルートを試みました。このルートは別々にレポートのある([1],[2])2本のルートを一緒にしたのと同じです。他にもネット上にはいくつも登山記録が見つかります([3],[4])。

出発点は馬谷の神元神社。裏手から低い植林の山に入り,尾根伝いに登っていきます。何種類かマーキングがありますが,ピンク色のが明神山まで続いていました。たまにシダが生えていたり数本の倒木がある程度で,歩きやすい尾根です。標高が上がると木の枝の間から明神湖などが見えるようになります。

馬谷四等三角点(447.4m)に近づくと,大きな岩が尾根を塞ぎます。トラロープもありますが,右手を巻いて進むことができます。裏手から岩に登ると西側に素晴らしい展望が開けます。中播磨県民局の菅生反射板や末広三角点など,明神山を見るのに絶好のポイントを逆に見ることができます。この付近は岩場が続き,岩が途切れて歩けなくなる場所もありますが,岩から降りて巻いて進めます。三角点は土のピークにありますが、普通は埋められている下の部分が土から出てしまっています。

この後も歩きやすい道と岩場が続きます。一箇所だけトラロープを使わないと登れない岩がありました。ここを降りるのは大変でしょう。展望はあまりありませんが,下山に予定している尾根の岩場が見えて期待と不安がわき起こります。

尾根の終点は小明神です。急な坂を登りますが,頂上は意外と地味で,展望はありませんし木に札の一つも下がっていません。一つだけ,木に巻いてある黄色いテープに小明神と書いてありましたが,これが無ければどこの藪山とも変わりありません。小明神と呼ばれるピークは他にもあるようで、556mピークと呼んでおくのが無難でしょう。

ここからは明神山に連なる尾根ですが,これも岩場が多く楽しめる尾根です。いくつかのピークがあり,最後に小ピークがあって,岩がごろごろして登りにくい急斜面を登ると登山道と合流し,明神山の頂上に出ます。地形図からも明らかなように,これは疲れる登りです。ここまで2時間半でした。

明神山の頂上はいつものように人口密度が高いので,下りにかかります。南西に延びる尾根に乗りたいのですが,ルートはありません。A,Bルートの登山道を降りて,9合目の下で右の藪に入って尾根に乗りました。何のマーキングもありませんから,これは易しい技ではありません。遠目に尾根らしい平坦な地面が見えたのでそれを目指したのですが,これを見つけられないと目標はありません。

尾根に乗れば後は快適な尾根歩きです。この尾根も岩場が多く,何ヶ所かトラロープがあります。尾根上の岩はたいていは巻いて進めます。雰囲気としては,七種鎗の南の尾根と似ています。北側の斜面は反対側の尾根から見ての通り崖が多く,一歩踏み外すと転落という場所もありますが,危険と言うほどではないと思います。こちらの尾根から見ると,登りに通った尾根の,特に小明神の下の斜面がかなりの岩場であることが分かります。このルートの楽しいところは,行きと帰りで互いの尾根がよく見えることです。二つの尾根と,小明神と明神山を繋ぐ尾根で谷の三面が囲まれている様子がよく分かります。どれも斜面はとても急です。

振り返ると明神山が見ますし,東には登山コースになっている尾根が見えます。馬谷三角点のある尾根よりもこちらの尾根の方が展望は良いようです。389mピークの手前にトラロープを使わないと降りられない岩があり,ここが最大の難所かも知れません。389mピークで尾根道は90度曲がりますが,その先も少し岩場があります。そして標高が下がるにつれて藪山っぽくなりますが,ピンクのリボンが道を明確に示してくれます。最後はリボンが見つからなくなりましたが,植林の間を降りて道に出ました。目の前にあった「かじかの里」で蕎麦を食べて帰りました。

このルートは4時間を越す長い尾根歩きですが,岩場が多くて楽しめます。けっこうスリルもあります。ピンクのリボンがありますし,はっきりした尾根なので迷うことはまずないでしょうが,下山の尾根を見つけるのだけが難所でした。

展望 ★★★
藪山度 ★☆☆

2008年6月1日日曜日

末広三角点

安富町の安志から北に林田川を遡っていくと,末広という集落があります。その北には栃原(地形図では杤原となっています)があり,末広三角点(602m)はその東の山にあります。この付近一帯は植林が多く,下から見上げると倒木地帯が多数あります。また,かなり処理の進んだ倒木地帯もあります。末広の南側にある大谷山三角点の北側では大規模な倒木処理が行われました(「三森の3三角点歴訪」を参照)。大谷山三角点からさらに北の山が末広三角点付近となります。この付近も見上げると倒木がかなりありますが,問題は尾根上の倒木の様子で,これだけは行ってみなければわかりません。

最初は栃原四等三角点(365.5m)まで登ることにしました。この三角点のある尾根の南端は末広集落まで延びていますが,林田川付近はコンクリートで固められていて,登るのは大変そうです。地形図をよく見ると栃原の安富北小学校前から南に林道があるので,これの終点から尾根まで登ることにしました。

動物避けのゲートを開けて林道を登り始めると,まずドコモの山の字形のアンテナが立っています。これは下からも森の上ににょきっと出ているのが見えます。さらに林道の終点には貯水タンクがあります。この先は道がないので,タンクの裏側の植林の中を登りました。急勾配ですがすぐに尾根に乗れて,あとは楽な登りです。林道もありますが,降りて行くだけのようなのでそのまま尾根まで登っていきました。

栃原三角点の周囲は特に特徴はありませんが,この尾根には高い木があってあまり陽が当らないため,草や灌木は生えておらず,楽に歩けます。三角点から北東に延びる尾根では時々両側の山が見えますが,処理された倒木地帯(つまり植林を切り払った裸の斜面)が目立ちます。

長い尾根歩きですが,だんだん標高が上がってゆきます。岩場になる場所もありますし,450mを越した付近は倒木地帯となります。この付近の尾根の倒木は一応切ってあるのですが,幹を切っただけで木を運び出していないので,歩くのはやっぱり大変です。この尾根の北端は地形図で広葉樹林の印のある530m+のピークですが,ここは植林です。そして,ここから東の鞍部に降りると,そこは倒木処理の終わった広大な空き地となっています。地形図からもわかるようにこの付近は勾配が小さいので,まるでリゾート開発の途中のような雰囲気です。写真は,ここから少し南に末広三角点の方へ行った地点から見た530m+ピークですが,足元では広く植林が伐採され,運び出されています。この草原を鹿が走るのを目撃しました。倒木処理のために道が上がってきていますが、どちらの方角から上がってきているのかは,確認していません。

大規模な伐採のおかげで眺望は上々です。しかも末広三角点までは尾根上に車の通れる道ができています。末広三角点からは東側の眺望がすばらしく,明神山がよく見えます。適当な切り株などもあって,休憩には最適のポイントでした。東側の斜面にも,何らかの作業の跡が見られます。

この先は,南の中ノ谷川に向かって下山ですが,整備された林道の後の藪山下山はカルチャーショックです。この付近の尾根も倒木は切ってあるのですが,運び出されてはいないため,藪山と大差はありません。しかしテープのマーキングやプラスチックの標識がたくさんあり,手入れの跡がうかがえます。下山ルートは,尾根をなるべく真っ直ぐ進んで川辺に降りるつもりだったのですが,500m+の尾根の広い部分で方向が分からなくなりました。下山は怪我の可能性が高いため,なるべく楽なルートを選ぶことをモットーにしているので,一番分かり易い尾根を降りたところ,どんどん西に進んでしまい,栃原三角点との間にある沢に降りてきました。この尾根も木は切ってありますが,急勾配ですし岩場もあって楽な下山ルートではありません。沢に沿った破線道は自動車の通れる程度の道で,末広をまわって出発点の小学校まで戻りました。

このルートは倒木処理後の展望が魅力です。林道が尾根に達していることが分かったので,これを利用して更に北や東の尾根を歩くこともできそうです。しかし,どこから登ってきてるのかを調べなければなりません。

展望 ★★★
藪山度 ★★☆

2008年5月18日日曜日

新宮と山崎の境界(牧山)

新宮と山崎の境界,つまりたつの市と宍粟市の市境の山並みは一度歩いてみたいと思っていました。2003年のレポートがありますが([1]),果たして2004年の台風でどう変わったかも気になるところです。

東から登ることにして、揖保川に尾根が突き出している平見に行ってみました。尾根の東端にある送電線の鉄塔に行きたかったのですが,巡視路が見つかりません。尾根の東端には地形図では記念碑の記号がありますが,ここは砂利の採掘場になっているようで記念碑(灌漑工事の感謝碑か?)の周囲もかなり削られています。道がわからないので,日曜日で誰もいないのを良いことに砂利を天辺まで登り,崖の端の藪から登りました。鉄塔までの距離はたいしたことはないのですが、カラスの死体があったりして気持ちの良い藪ではありません。鉄塔まで登ってから巡視路を西に行くと,南側から巡視路が登って来ています。どうやら平見の集落の方から来ているようです。この登り口を見つけるのが,やはり正道でしょう。

この鉄塔は播磨線53です。起点は西播磨変電所らしく西に進むと番号が小さくなります。紅白に塗られた鉄塔で低い場所にあるので目立ちます。照明用の装置が付いています。巡視路は良い道で西へ尾根を進みます。次の鉄塔は尾根には立っていないので,巡視路に分岐がありますが、先を急ぎます。その次の51は尾根にあります。鉄塔の下はどこもクマバチのようなの大きな蜂が飛び回っており,そそくさと退散しました。この付近は北にも南にも展望があります。川向こうの上ノ山の通信塔もよく見えます。

このあたりは送電線の巡視路ですから,歩くのは楽ですが,登り坂は息が切れます。まず平見四等三角点(374.60m)に出ます。周囲は特に特長のない植林です。次の鉄塔も眺めがよいのですが,南にある家氏の南側の山は木がすっかり切られてその中に作業用の道だけが見えています。なかなか凄い眺めです。次の390m+のピークに登ると南の鉄塔へ行く分岐があります。このあたり,鉄塔の間隔がやけに狭いような気がします。さらにこのピークの先で巡視路は南の尾根に行きますが,付いていくと市境をはずれてしまいます。ここは方向を見定めて巡視路から藪に入る必要があります。少し藪を下ると切り開きがあります。鞍部に降りると,北側から幅1mほどの道が登ってきており,これが西の市境の尾根に延びています。ここは地形図では下比地の南から砂防ダムの脇を通って道が延びている谷の突き当たりなので,作業道が延びて来ているようです。

この先は登りですが,道があるので楽です。しかし,その先の430m+のピークではこの道は北側を巻いて行き,さらに下りそうになるのでピークを目指して登りました。少し登ると,高いところでピークを巻いている道があり,これを行けば良かったのですが,ピークに行ってみようと更に登りました。倒木だらけのピークには出たのですが,その先でピークから降りようとすると道が全くありません。ここは尾根が直角に北に曲がっているのですが,それに気がつかなかったのです。苦労して急斜面を北に進んで尾根に出ましたが,道があるときは道を行く方が楽だとつくづく思いました。

この先は植林が多く,そのため倒木もかなりあります。ただし小さな木なので避けることは可能です。そして急坂を登って,大谷四等三角点(429.76m)に出ます。ここも特筆することもない静かな山中です。この先もアップダウンが続きますが,三角点の西側では何の気無しに歩いていたら真北に登る尾根に乗っていて慌てて戻りました。この先は雑木林の尾根道で時折倒木がある程度です。435mピークも気を付けないと広い南側の尾根に進みそうになります。

この先は植林が増えてきて尾根にも倒木が増えます。倒木地帯もありますが,隣接した雑木林の中を進んでいけます。そうこうしていると,右手にネットが現れます。このネットはしばらく続きますが,ネットの内側は植林の倒木を処理した後のような感じです。ここは上比地の溜池のある谷の突き当たりで,下から見上げても植林を片付けた跡が見えました。木が無いので眺望もGOODです。

この先は再びアップダウンが続きます。上比地と下比地の堺の石標がありました。そろそろ足も疲れてきます。頑張って急斜面を登ると,今度は上比治三等三角点(505.72m)があります。この付近では一番高い山なので,ちょっと満足感があります。ここには「牧山山頂(505.7m)」と書いた札が下がっています(写真)。考えてみるとこの山は牧の裏山にも相当するわけです。次は牧から登ってみようかと考えています。この先には「←牧山・柏原城跡→」と「牧山登山口(国見の森P)」と書いた札が木に下がっており,ここへ出る登山道があることが分かりますが、更に北の方に尾根を進みました。

この後も小さなアップダウンが続きます。いささか疲れ気味でピークを次々と越えてゆくと,この付近でもっとも高い509mのピークに近づきます。以前にこの尾根を北から歩いてきたときに,509mピークの北側の鞍部から東側の林道に降りたことがありましたが,かなり急勾配で,林道が地形図よりももっと南に延びていたような気がしたので,今回は509mピークの南の鞍部から東側の植林を降りてみました。しかしこれも不正解な下山ルートで,結局509mピークの東に延びている小さな尾根を北に越えないと林道に出られないことが分かり,四苦八苦していると,眼下に広い空き地が見えてきました。これは遊鶴寺という寺院の跡らしく,発掘作業が行われた後のようでした。ちょっと見学してから,よく整備された道で沢を下って林道に出られました。

意外だったのはこの尾根には大倒木地帯がないということでした。509mピークの北の尾根は倒木だらけだったと記憶していますから,南側の方が歩きやすいようです。

展望 ★★☆
藪山度 ★☆☆ 降り方に気を付けましょう

2008年5月4日日曜日

二つの塩野三角点

安志の南にある大富豪山については,いくつか登山記録が見つかります([1],[2],[3])。実は自分でも登ったことがあり,2007/06/16の「山崎の上ノ山から塩野三角点」の塩野三角点とは大富豪山のことです。塩野三角点は実は二つあって,大富豪山の東の山にある368.6mの四等三角点も塩野三角点です。この二つをいっぺんに巡ってみよう,というのが今回の企画です。

最初に考えていたルートは,塩野から川戸に通じる峠に行って,そこから大富豪山,それからもう一つの塩野三角点を訪れ,北に引き返して通信塔の保守道路で下山するというものでした。しかし,川戸峠に向かう前に塩野六角古墳を訪れたところ,古墳の裏側に山に入る道を見つけました。ここから登ってぐるっと一周して川戸峠に帰る道が理想ですので,ここから登ることにしました。

古墳の裏の獣避けのゲートを開けると,良い道が延びています。しかし,この道はたちまち消えてしまい,あとは藪を抜けて尾根を登ります。そんなに歩きにくくはないのですが,見上げると木が無くて背の高い草か笹の茂った地帯が広がっており,それよりはと左手の植林の中を登りました。この植林は急坂ですが,短距離で尾根に上がれます。この尾根は300mくらいの地点で,山頂の広い平坦地まではまだ少し植林の中を登る必要があります。これも急坂でしたが,結局30分ほどで塩野三角点(368.6m)に着きました。調べてみると「点の記」も六角古墳から登っており,三角点に到達するには最短ルートのようです。

この付近は地形図で見るとおり南北に細長い平坦地ですが,植林の倒木が若干あります。展望はありませんが,倒木を避けながら少し北に歩くと,地形図には無いピークがあり,北東の展望が開けます。写真はこの付近から見た明神山です。更にその北の370m+のピークは伐採されており,展望は良好です。ここはネットが南北に張られており,それに沿って北に歩きます。この付近で東に降りれば通信塔への巡視路ですが,西に向かって植林の尾根を歩きます。作業道があり,快適に歩けます。なだらかな尾根を進むと,302mピークも伐採された植林です。ここからは市境(姫路市と宍粟市の境界)となり,その西の270m+の付近までは平坦で歩きやすいのですが,ここから大富豪山までは150mを登らねばなりません。このスロープはかなり急で,しかも中途半端に伐採された雑木林なので足下が不安定です。50mほど登ると,また左側にネットが張られています。ネット沿いに雑木林を登っていきますが,そのうちに倒木だらけの植林に入ります。その植林の奥が,大富豪山の塩野四等三角点(422.6m)です。

前に来た時と同様に,細い植林が風で揺られて軋んで音を立て,さらに互いにぶつかり合って音を立てています。記憶を頼りに倒木の中を捜して三角点を見つけました。

大富豪山で一休みして,あとは川戸峠まで尾根を降ります。少し降りると笹が大量に茂っているのでそれを左に迂回し,尾根に戻って急勾配の植林を降りると関電の巡視路に合流します。あとは山崎線7の鉄塔を通り,スタスタスタと峠まで一直線でした。峠にはお地蔵さんがあり,良い道で塩野に帰れます。

この付近の山は,2004年の台風による倒木がまだ多く残っており,平坦な尾根でも歩きやすくはありません。しかし展望もあることですし,山の空気を満喫できるショートコースとしてはお勧めです。

展望 ★★☆
藪山度 ★☆☆

2008年5月2日金曜日

峰旗

宍粟市山崎町の北に梯(かけはし)という村があります。この北にある855mのピークが峰旗です([1])。このピークは南北に走る長い尾根の北端に位置しており,尾根歩きの目的地となりそうです。そこで起点は梯にして,尾根伝いに行ってみることにしました。

梯に車を停めて,与位に向かう峠越えの破線道を捜します。この道は,前に与位から宮山に登ったときには倒木がひどく,峠に登るのは断念しました。ということはこちら側も,と懸念したのですが,途中に「右與位道,左山道」という石標があったりして,良く使われる道だったようです。松茸山でもあるようで,秋には入らない方が良いでしょう。沢伝いの道で,地形図の破線は沢の通りですが,沢を歩くと水に濡れますから,沢沿いの斜面を歩きました。しかし,最後にはとうとう道と呼べるものは無くなりました。この地点には紫のビニールテープが木に巻いてあったのですが,どちらに行ったら良いのか分からないので,急斜面を登ることにしました。かなり急な雑木林を腕力で登っていくと,切り開きが現れ,それを辿ると峠に着きました。この切り開きがどこから上がって来ているのかが分かれば,もっと楽な登山になると思います。峠には,与位側に降りる切り開きもありましたが,降りれば倒木地帯でしょう。

一苦労して登った尾根ですが,道とは言えないにしても踏み跡があって,歩きやすくてほっとしました。倒木もあまりありません。しかし高度は未だ400m程度です。ここからは,581m,668m,743m,855mと尾根沿いに高度を上げていかねばなりません。まず450m+のピークに登りますが,木の間から与位や梯が見えます。しばらく平坦な尾根を歩き少し降りて,今度は581mに登ります。この付近は植林ですが,かなり伐採されています。その中に赤い「火の用心」の札が立っており,この上の送電線鉄塔への巡視路があることがわかります。巡視路は急斜面の植林を登って行き,プラ階段もあるのですが,杉の枝がその上に積もっていて,しばしば道が分からなくなります。私は途中で植林を抜けて,岩の多い雑木林を登りましたが,途中に大きな岩があり,その上からは与位,梯,宮山,水剣山が望める最高の展望が得られました。それにしてもきつい登りです。

ようやく頂上に着くと,送電線の周囲にはネットが張られています。送電線はピークから北に少し降りた場所に建てられており,その南にある581.3mピークに三角点(毛利四等三角点)があるはずなのですが,見つけられませんでした。なお「点の記」も同じルートで登っていますが,「本点に近づいて約200mは非常に急坂である」と書いてあるくらいで,ここで既に疲労困憊しました。しかし,まだ全行程の2割程度しか進んでいません。

送電線は播磨西線ですが,新しいだけあって大きなものです。ただし鉄塔の下は鹿の糞だらけで,しかも黒い大きな蜂がぶんぶん飛び回っているので,早々に北に進みました。この先も踏み跡があり,歩くのはさほど困難ではありません。植林もあり倒木も多少はありますが,歩くのに大きな障害ではありません。しかし,668mピークまでの登りは雑木林の急坂です。このピークの東側で,金属製ケース入りの方位磁石を拾いました。心当たりの方はご連絡ください。このようにこの付近は前人未踏では決してありませんが,踏み跡ははっきりしません。尾根なので道に迷う恐れが無いので助かります。このあたりでも,木々の間から展望があります。

しばらくは平坦ですが,また少し下り,再び登りです。ここで始めて700mに達します。この付近は尾根が岩場になっている所があり,地獄鎌尾根のミニチュア版のような感じです。亀裂が入って小さく割れるタイプの岩です。これを抜けて行くと,与位から見えているマイクロ波反射板が現れます。関西電力の与位反射板(標高699m)です。これも平成11年と比較的新しいものです。岩場に東向きに立っていますが,よくこんなものをこんな場所に建てたと感心します。

この先の雑木林には,赤い「火の用心」の標識を見ましたが,横長で反射板の方向を示していました。関電の人は,こちら側から反射板の保守に行かれるのだと思いますが,この付近までどうやって登ってくるのか,道はわかりませんでした。北を通っている送電線から855mピークを越して来ることも可能ですが,標識は743mピーク付近でなくなってしまいました。この付近もアップダウンが多くて疲れますが,かなり急勾配を登ると,855mピークから繋がる800mの尾根に達します。そこには広い切り開きがあり,「字奥山官林」と彫ってある石標があります。字体からしてかなり古そうです。これを辿って坂を登っていくと,遂に855mピーク(峰旗)に到達です。特に何もなく,展望もありませんが,木々の間から北に黒尾山が見えるので,尾根の北端に達したという実感が湧きます。ここから東の尾根に降りて関電の巡視路で与位の方向にも降りられそうですが,今日は更に尾根を北西に進みます。この付近は比較的切り開きがはっきりしており,快調に歩けます。尾根は840m+のピークで南西に向きを変えますが,ここを北に歩けば鞍部を過ぎて黒尾山から伸びる林道の終点に行けるはずです。停めた車に帰って来ることを考えなくて良いのなら,行ってみたいコースです。写真はこの付近から見た黒尾山山頂です。

ここからは下りです。目的地は,梯から上ノへ延びる峠を通る破線道です。雑木林の尾根は,だんだん歩きにくくなりますが,尾根をはずれる可能性はありません。しかし,まっすぐ尾根を歩くと峠の西側に降りてしまうので,適当なところで尾根から南に降りました。少し西寄りに降りすぎたため,非常に急勾配の植林に出てしまいました。尾根で見たようにこの付近の山は崩れやすい岩でできているようで,この付近の斜面は細かい岩の破片だらけで,歩くと容易に崩れてしまいます。足もとが不安定なので,木に掴まりながら降りました。

降りたのは峠の西側で,峠を登り返しましたが,この付近には道はありません。峠の東側は雑木林の藪で,道が見つからないので適当に藪を抜けましたが,少し降りると踏み跡がありました。明確なものではありませんが,東側から峠を目指せば,この踏み跡を辿れそうな気がします。踏み跡は水のない沢に沿って降りて行き,ついには梯林道の終点近くに達します。ここまで約5時間の山歩きでした。あとは林道を梯まで降りましたが,新緑が美しく,川の流れもきれいでした。梯林道の入口にはチェーンが掛かっており,車で入るには許可が必要のようです。途中に警告の掲示があり,「ここは林道です。立木伐採造林作業等以外の通行を禁止します。万一通行された場合いかなる事故が発生しても当方は一切責任を負いません。告 これより奥の山林で許可なく神仏の花を切ることを禁じます。」とあるのですが,無関係のことが二つ書いてあり,「当方」が誰なのかという疑問が涌きます。この付近の林道脇には,岩を祭ったと思われる小さな祠がありました。

このコースは適度に展望もあり,満足感の得られるものですが,距離が長くアップダウンが多いこと,最初と最後は藪漕ぎになる可能性が高いことから,健脚の藪好きの方にお勧めします。

展望 ★★☆
藪山度 ★★☆

2008年4月29日火曜日

三森の3三角点歴訪

姫路市安富町三森の少し東側に,北に入り込む沢があります。この周囲をぐるりと取り巻いている山並には,3つの三角点があります。「三ツ森(468.08 m)」「大谷山(510.72 m)」「大東山(207.03 m)」です。このぐるっと一周は周遊コースとして手頃なので,三つを廻ってみることにしました。ちょっとコースが長めなのと倒木が心配でしたが,疲れたら途中で下山することにして,とりあえず全周遊を目指しました。

起点はうすづくの,中国自動車道のすぐ北にある神社です。春神社という名前の小さな神社で,その裏から山に上がると,すぐに送電線の鉄塔があります。神野溝口線56号です。この鉄塔の巡視路は東西両側から上がってきているので,それを利用して尾根に上がるのが正解のようです。ただし西側は人家の庭を通る必要がありそうです。鉄塔から尾根沿いに主尾根まで100mほど登りますが,踏み跡があって楽な登りでした。主尾根に出ると植林で,気持ちの良い道になります。343mピークに登って降りると,播磨線69の鉄塔があります。安志がよく見えます。この先も植林で,420m+まで登って降りなければなりません。さらに登り返して,三ツ森三等三角点に到着です。ここは展望はありませんが,少し北に歩くとマイクロ波の反射板があり,ここでは明神山を望む素晴らしい展望が得られます(写真)。この反射板は関電のものではなく,中播磨県民局が建てたもので,平成19年3月完成という真新しいものです。標高460mとなっています。この位置から考えると菅生ダムとの通信用ではないかと思います。

余りに良い眺めなのでしばらく休憩していましたが,まだ道のりは1/4程度です。先を急ぎます。この先は比較的なだらかで,植林が多いのですが倒木は少なく,歩きやすい尾根です。おかげで意外と早く尾根の北端に到達しました。ここには510m+のピークがありますが,その周辺には大規模な倒木処理と思われる作業の跡が見られます。北側には末広から林道が上がってきていますが,それが延長されて作業道になっています。植林が伐採された後なので,北側の展望は素晴らしく,近くでは淡路ヶ丸などがよく見えます。伐採された樹木が転がっているため,地面は歩きやすくありません。数本残された木の造形が美しく目を引きます。さらに尾根を西に進むと,なだらかな斜面の植林が広く伐採されています。この斜面は末広から見上げると目に留まります。青いネットが張られ,まさに作業中という感じです。大谷山三角点はそのネットの脇にあり,三角点自身はネットの外,赤白の棒は内に立っています。この付近の眺望もすばらしく,末広の村がよく見えます。ネットの内側は倒木だらけで踏み込む気にはなりませんが,処理の終わった付近は植林の断面が見えて綺麗です。

ここから尾根は南向きになります。雑木林が多いので若干藪っぽくなりますが,快調に歩けました。木立の間から安志側が見えてきます。植林もありますがひどい倒木地帯はありません。421mピークを過ぎ,さらに標高を下げて,最後は尾根を間違わないように南に進むと,神野溝口線と再会です。51鉄塔で,昭和14年のものです。若干レトロ(?)な形をしています。送電線からさらに南に進みましたが,そのまま尾根を進むと南西の三森の村に行ってしまうので,東に進路を取り,藪を抜けると大東山三角点です。これは金属のプレートでした。あとは南斜面の植林を降りて,街道沿いの畑に出てきましたが,ここでは獣避けのネットを抜けるのにちょっと苦労しました。この辺が最大の難所でしたので,送電線の巡視路を降りるのが正解かも知れません。

このコースは長丁場ですが意外と歩きやすく,展望もあるのでお勧めできます。アップダウンがありますので,足腰のトレーニングに向いているでしょう。2004年の台風のせいでしょうか,2001年の頃([1])と山の状況が大きく変わっているのにも驚きます。

展望 ★★★
藪山度 ★☆☆

2008年4月12日土曜日

末広から淡路ヶ丸

淡路ヶ丸は,安志の北の山です。インターネットでも登山記録がいくつも見つかります([1],[2],[3])。登り口は東側の末広にしました。最初は神社の裏から登ろうと思ったのですが,標識があり「見晴らしの丘へ」とあるのでそちらに行ってみました。この道は山を降りてしまい,見晴らしの丘は別の尾根にあるようなのですが,降りたところに沢の方に「滝谷」という標識があったのでそちらに行ってみました。ここには大きな堰堤があり,すぐに道は終わりです。しかし右手の尾根に登るのが目的だったので,堰堤の右手を登ると植林に出てきました。植林の中の作業道を登り,時には木に掴まって急斜面を登って尾根に出ました。これは正しい登り方のようです([1])。この後は植林の尾根を登り続けるだけです。

アンテナの残骸があり,2001年には地面に転がっていたキティーちゃんのイラスト入り水筒([1])が木に掛かっていました。この付近で軽装で作業をしている方がおられたので,ひょっとするともっと楽に登れるルートがあるのかも知れません。この付近の植林は比較的良く手入れがされています。下草がほとんど生えていないので歩くのは楽です。杉の植林の中に時々杉以外の大木が混ざっていることがあります。杉を植えるときに切らなかったのだと思います。今では高さは杉とほとんど同じですが,ずっと幹が太くて貫禄があります。新参者の杉が古株の大木に遠慮して生えているように見えました。

尾根近くの平坦地には井戸がありますが,事情はこちら([1])をお読み下さい。ずっときつい登りですが,頂上には50分ほどで着きました。富栖四等三角点(533.62m)です(写真)。淡路ヶ丸という名前は淡路島が見えるからということですが,現在は見通しが悪くて向かいの山も良く見えません。しかし,木が無くても淡路島は無理のような気がしますが・・・

頂上からは北にも歩けそうでしたが,尾根沿いに南下しました。この尾根は展望は全くありません。しばらくは開けた植林でしたが,479mピーク付近は倒木で埋まっていました。なんとか乗り越えると,またしばらく良い道になります。524mピークまで来ると,尾根にネットが張られています。なぜこんな場所にネットが必要なのか分からないのですが,かなり長く続きます。ネットを抜けずに歩いていくと,ネットは終わりますが,また倒木が増えます。結局西側斜面に林道があることに気が付きました([2])。この林道で,三谷峠まで降ります。ここには小さめの送電鉄塔が立っています。神野溝口線39です。昭和14年3月となっていますが,建設は昭和40年なので,建て替えたのでしょう。

ここから下河に降りたのですが,歩きやすい道を通っていたらそれは関電の巡視路で,40の鉄塔に行ってしまいました。三谷峠を通る破線道は県道522号名坂山崎線で,名坂側には「通行不能 幅員減少1.0Mこれより500M」という札が立っていますが,幅員減少と言うよりも道がほとんどありません。巡視路も鉄塔40は眺めが良くて良いのですが,次の鉄塔には行く気にならなかったので沢に降りました。

ぐるっと一周して3時間弱のコースでした。思いっきり急斜面を登ってみた人にはお勧めです。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★☆☆

2008年3月31日月曜日

白旗山から上郡へ

上郡で一番有名な山は,この白旗山でしょう。なにせ歴史ある山城の跡があります。南の鞍居川からも登れますが,今回は北の河野原から赤松を通って登りました。赤松には小さくて一系統(3本)しか線の張ってない高圧線が通っています。しかも平地に短い間隔で何本も鉄塔が建っているのが不思議です。この高圧線とは,また後で会うことになりました。

岩の多い山道を登りますが,途中は植林です。細く高く伸びた木が,風に揺られてぎしぎし音を立てています。そのうちにボキッと折れるのではないか心配です。手入れはされていますが,いずれ倒木地帯になる可能性があるのではないでしょうか。

尾根に出ると,東に尾根沿いに歩いて山頂の白旗城趾に行きました。大きな城ですが,石垣はあまり残っていません。山登りとしては櫛橋丸のほうが本丸よりも楽しめます。赤松の方向の植林の木が一部分切ってあって,下から見上げると本丸が見えるようになっています。これは,本丸から北側を見て初めて気がつきました。

ひととおり城跡を見たら,あとは尾根沿いを上郡まで降りることにしました。尾根の三叉路(北は赤松,南は鞍居川,東は城跡)を西に入ります。いきなり藪っぽくなりますが,いちおう歩ける尾根でした。しばらく行くとなだらかなピークがあり,地形図で2本の破線道が繋がっている地点のようです。しかし,破線道に相当する道は確認しそこないました。

この後,尾根道からは写真のような北側の展望が続きます。そして地形図に標高の書いてない400mピークで南西の尾根を選び(というか,道なりに歩いたらこっちに行きました),400.7mピークに進みます。割と歩きやすい尾根道ですが,だんだん松茸山の雰囲気が出てきて,荷造りテープが木に絡まっています。ビールなどの空き缶が大量に捨てられていたり,315mピークの近くには見張り小屋の残骸まであります。これらは7年前と余り違いません([1])が,おそらく最近は松茸はあまり採れないのだと思います。

あとは尾根の可愛らしい送電線鉄塔(上月上郡線9 赤松にあったのと同じ系統です)を愛でて,周囲の木が伸びすぎて明らかに機能していないパラボラアンテナを眺め,上郡の町の眺望を楽しみながら鈴の宮公園の中を降りて行きました。

白旗城趾はハイキングコースとしてよく整備されてます。上郡までの尾根道は,山歩きの好きな人にはお勧めできるコースです。松茸山は人間の欲を見せつけられているようで気分は良くありませんが。

展望 ★★☆
藪山度 ★☆☆

2008年3月29日土曜日

揖保川東岸の宇原三角点

宍粟市山崎町の南で揖保川が大きく蛇行している場所がありますが,その東側の山にあるのが宇原三角点です。この付近は山の東側の狭戸か塩野から登るのが普通でしょうが,敢えて揖保川沿いの宇原に車を停めました。

とは言っても,起点は宇原から狭戸に東西に走る県道80号線の宇原峠です。峠の切り通しの東側から尾根を目指しました。地形図で見るとかなり急勾配で,確かに急斜面ですが,意外と登りやすい斜面でした。最初は笹があり,雑木林にはシダ藪もありますが,さほどの障害にはならず,360m+の尾根まで一気に登ります。木立の間から狭戸が見える程度で,展望はありません。

この後は,歩きやすい尾根でした。林業の方々が来られているような感じです。ただし歩きやすい方向に歩いていくと,間違った尾根に行ってしまいます。470m+のピークを過ぎて,市境を北上します。一旦鞍部に降りますが,ここから377mピークまでの南斜面はシダ藪なので,東斜面を登りました。377mピークには新しそうなTVアンテナが一つだけ立っています。黒いケーブルが2本尾根を延びているので追っかけていくと,アンテナ群がありました。ここは東側に展望が開けています(写真)が,東に突き出した尾根の先で,市境のルートからは外れてしまいます。377mピークに戻り,北西に向かいます。

この付近も歩き易い尾根です。突然「禅師山」と西方向を指した札が木にかかっています。確かにその通りですが,ここに標識があるということは,ここに登ってくる道があるということでしょうか?ここから先にも道があるわけではなく,いくつかのピークは急斜面を登っていかなければなりません。かなり疲れる尾根歩きです。

いくつかの急斜面を登りながら市境の尾根を北西に進むと,450m+のピークに出ます。ここには関西電力のマイクロ波反射板(宇原反射板)が北向きに建っています。更に北に進むなら反射板の手前で曲がらなければなりませんが,植林の間を真っ直ぐ進んで宇原三角点に行きました。この付近は植林の手入れが行われていて,地面には切られた枝が沢山転がっています。

宇原四等三角点(434.3m)は,西側の展望が開けた場所です。山崎の町や上ノ山の通信塔群が見えます。測量用のポールが三角点の脇に立っていました。宇原無給電中継所という札の掛かった囲いがあり,木の枝で作ったベンチもあります。ここで大柿さんのピンク色のプラスチック板を見つけました([1])。

再び反射板に戻り,北に降りると,禅師山廃寺跡(養法寺跡)がありました。明らかに人工の平坦地がいくつもあります。とても感じの良い場所です。ここに「火の用心」の標識が立っていたので,ここから東側の鉄塔へ降りる巡視路があるはずです。しばらく廃寺跡で敷石を見てから,さらに北に進んで送電線鉄塔(播磨線56)を見に行きました。尾根にあって赤白に塗られており,電圧の低い方の系統は北に分岐しています。

西に戻って播磨線55へ行きます。ここから巡視路を使って下山する手もあるのですが,車を停めた宇原からは遠くなるので,そのまま西南西に揖保川に突き出た尾根を降りてみました。これは正解で,ピンクのマーキングがずっとあり,迷うことはありません。藪もなく,傾斜もなだらかでした。尾根の下の方では藪の枝が刈られており,遊歩道でもできるのかも知れません。

あまりひどい藪もなくて,標準的な藪山歩きでした。歴史も感じられ,木立の隙間からの眺めも悪くありません。土地の人に聞けば,もっと楽なルートもあると思います。

展望 ★☆☆
藪山度 ★☆☆

2008年3月22日土曜日

新宮町の福原・中村三角点

この二つの三角点は新宮町篠首北西の山中,南北に走る尾根上にあります。北に行くと国見山と尾根で繋がっており,西には以前に歩いた千本の北側の尾根と繋がっていますが,これらから縦走すると出発点には戻れません。そこで,すぐ東側から登ることにしました。出発点は篠首の中村という村です。尾根の麓に小さな神社があり,その付近から尾根に登りました。神社で参拝してから山に入るのは手続きとしては正しいと思うのですが,ルートとしてこれが良かったかどうかは分かりません。とはいえ,尾根に出ても登ってくる道は他に見あたりませんでした。

この尾根は割となだらかで,距離はありますがじっくり登れば余り疲れません。最後は440m+のピークに達し,そこから北に進路を取って西に折れ,北に登れば486.2mの福原三角点に達します。藪はほとんどなく,等高線の間隔も開いており,楽しめる登山です。ただし道はありません。何ヶ所か北側が植林になっており,倒木がありますが,越えられないようなものではありません。

若干展望のある福原三角点から南に戻り,なだらかな尾根を西に進んで480m+のピークに行きます。このピークを行きすぎると南の尾根まで谷が深いので,気を付けて鞍部を探しました。この後は地形図で見て450mの等高線に囲まれた長細い尾根です。気持ちの良い雑木林で,そのうちに植林になります。ここも進みすぎないように気を付けて,西の尾根に向かって鞍部を渡ります。美しい植林地帯(写真)ですが,木の間隔が狭く枝打ちもしていないようなので,将来どうなるのか心配です。倒木はあまりありませんが,全ての木が同じ方向に傾いている地帯があり,そのうちに倒木地帯になるのかも知れません。

乗り換えた先の尾根は,北の489mピークから南の451mピークに繋がる尾根で,以前に千本の北山を一周したときに通りました。ここも歩きやすい尾根です。451mピークに来たら,間違えずに東に進路を取ります。ここは分かりにくい場所です。さらに東に進むと,東の中村三角点のあるピークから伸びた尾根との間に400mの等高線に挟まれた鞍部があります。ここは倒木地帯となっており,通るのは大変でした。これがこのルート唯一の倒木地帯です。しかし,451mピークから千本の方に降りる道にも倒木地帯があり,この付近では倒木を避けるのは難しいようです。中村三角点(440.0m)は藪の中です。少し南に降りると,関西電力の赤い「火の用心」立っています。南の尾根と東の尾根に鉄塔があるのですが,中村に戻るには東の尾根を進みます。さすがに巡視路で,歩きやすい道です。鉄塔の付近は見晴らしが良く,揖保川方面が望めます。この鉄塔は播磨線ですが,かなり電圧の異なる系統を二種類通しているようです。巡視路に従って降りると,NHKのアンテナのあるピークを通って,次の鉄塔に進めます。そして,中村のすぐ近くに降りてきます。

このコースは中村三角点の西側の倒木地帯だけが唯一の問題でした。あまり人が来ないと思われる地帯ですが,尾根はどこも歩きやすく,ちょっと覚悟のある人にはお勧めできる山歩きコースです。

展望 ★☆☆
藪山度 ★☆☆

2008年3月17日月曜日

赤穂の尼子山から有年の荒山まで縦走

尼子山は,坂越の北の千種川沿いにある岩山です。登り口は川沿いの上高野と,下高野の尼子神社の二つがありますが,尼子神社にしました。登り始めるとすぐに尼子将監の墓,そして「はげ山」と尼子山の分岐があります。はげ山というのは海抜75mのピークのことで,ちょっと寄ってみましたが展望はまずまずです。この後はひたすら登りになりますが,道は良く整備されていて,登りやすい道です。岩場もありますが,急勾配なので岩場の方が登りやすいと感じました。

頂上には神社があります。ここまで狛犬を持って来るのは大変だっただろうと思います。ここからは東側の尾根に降りなければなりません。頂上付近には道がありません。少し斜面を降りると平坦地が何段もあり,城跡だということを思い出しました。斜面を東の方に歩いていくと,切り開きが見つかり,北の尾根に続いていました。東側が良く見えます。そして,町界に出てきますが,町界には道が無く,そのまま歩いていくと高圧線の鉄塔(相生火力線10)に出ました。ここからは関電の保守路を歩きます。北側はかなり深い谷で,下は山陽自動車道のトンネルになっています。谷に降りると,ちょっと沢があり,また登りになります。ここは東西に別の高圧線(赤穂線)が走っており,その17から北の山にに登ります。岩山ですが道が良いので楽に登れます。ただ,巡視路は北の岩山を東側で巻いていってしまいます。この240m+ピークは西側から見ると岩山で登ってみたかったので,適当な場所から無理矢理シダをかき分けて登りました。頂上に行って岩の上に立つと,千種川が眼下に見えて,西側と北側の展望は素晴らしいものでした(写真)。

この後も関電の保守路なので道は良く,関西セルラーの通信塔まで苦もなく行けます。ここで次の尾根の西側はゴミ処理場らしいので,そちらを通っている保守路は行かずに尾根を歩こうと思ったのですが,最初に目についたのがピンク色のマーキングだったので,そちらに行くと,尾根の東側の植林の保守用の道でした。尾根には上がらず,そのうちに終わってしまったので,尾根に登りました。尾根にも道はないのですが,木がまばらで歩きやすいく,真山三等三角点(229.9m)を発見しました。この後も尾根を歩きましたが,途中からはっきりした道があり,それがピークの南を巻いているのでついていくと巡視路に合流しました。ここからは再び楽になり,203mピークの先の鞍部に出ました。

更に荒山を目指して北に進みます。この先は藪と思っていましたが,関電の保守路がしばらく続いて歩きやすくなっています。しかしそれもじきに東の尾根に行ってしまうので,そこからはまたもシダをかき分けて尾根に戻り,北を目指します。道がないわけではなく,赤いテープが木に張ってあることもあるのですが,足下はシダの藪です。北に進むにつれてだんだん藪がひどくなり,233mピークの東を通ると,ここから町界は背の高いシダが密集していて辿れなくなりました。しかたなくそのまま町界の東側を降りて行きましたが,この荒山の南の谷は深くて,一番下は沢になっています。沢を町界よりも東側で越し,荒山を一気に登ろうとしましたが,勾配がきつくシダもひどいので,まずは荒山から南東に小さく延びた尾根を目指しました。そして,そこから頂上を目指したのですが,これもなかなか大変でした。驚いたことに途中で赤いテープのマーキングがありましたが,道と呼べる代物は全くありません。ただ,少しだけシダを除草剤で枯らした様子がありますが,それも昔のことで胸くらいまでのシダをかき分けて進みます。

ようやく荒山の関電マイクロウェーブ板に到達。荒山の頂上には岩が多く,荒山というのも頷けます。ここからは道があり,西へ降りてゆきます。途中で鉄塔(赤穂火力線29)があります。さらに西に降りると周世坂に出ました。

5時間半歩きました。荒山の南斜面はお勧めできません。素直に巡視路に従って降りるのが正解でしょう

展望 ★★☆
藪山度 ★★★

2008年2月23日土曜日

黒鉄山と仮称百間山

黒鉄山は,赤穂市の北西にある山です。よく知られた山で赤穂市の最高峰と思われがちですが,本当の最高峰はその西にあるピークで,名前がありませんが,ここでは百間山としておきます。これらのピークは尾根で繋がっており,縦走してみました。この縦走の記録はネット上にあります([1])が,かなり手強そうなことが書いてあります。

まず黒鉄山に登ります。登り口は南側の湯の内近くで,これについてもネット上に多くの情報があります。よく整備された道を登っていくと,なにやら作業をしているシャベルカーがあります。どうやら登山道を整備しているらしく,階段がかなりできていました。休憩用のベンチもあります。この新しい登山道は尾根まで続いており,急勾配ですが登りやすくなりました。気がついたのは,登山道は上から作るということです。シャベルカーは階段を登れませんから。

尾根に登ると北に降りる分岐がありますが,頂上を目指します。関西電力のマイクロ波反射板があり,西有年三角点(430.9m)のあるピークは切り開かれています。しかしこの日は晴れ時々吹雪で,頂上に着いたときはちょうど吹雪だったため,まったく視界がありません。すぐに西の尾根へ降りました。天気も良くなってきて,次のピークに登る途中で赤穂と海がよく見えました。この辺りからは赤穂の市街や工場を一望できて,素晴らしいものです(写真)。このあたり,道はあるような無いようなですが,マーキングが時々あります。しかし,420m+のピークは完全な藪で,それも灌木の藪なので,枝をかき分けて進みます。訳が分からずだいたい北西へと進むと,北側の展望の良い岩場に出ました。上郡方面が見えます。しかしこの先しばらくも藪で,やっと道のようなものが現れてもシダで覆われてしまいます。切り開きらしい跡を辿ると地形図の410m+のピークの東側を巻いていけますが,これも最終目的である435mピークに近づくと斜面で終わってしまいます。しかたないので尾根に戻って,尾根を辿りました。道は無く,だんだんにシダが増えてきます。最後はシダと灌木の中を進むことになりますが,地面は全く見えません。木のない方向に登り続け,シダ地獄を抜けると,山頂に出ました。木は切ってあり,「仮名百間山」と書いたテープが木に巻いてありました。ケルンを作った人がおり,かなり登山者がいるようです。このピークだけなら,北の長谷川の方から登るのが楽です。ちょっと吹雪いていましたが,展望は良くて北も南も遠くまで見えました。

この山頂からどうやって降りるかが難題でした。吹雪いてきたし,最短距離で降りたかったのですが,車は湯の内に停めたので,北には降りられません。結局黒鉄山に戻ることにしました。ところが戻ろうとしても来た道が見つかりません。というよりも,もともと道など無いのです。とにかくひどいシダ藪を再び抜けて,黒鉄山に向かいました。そして,黒鉄山の頂上に登る手前の鞍部から北に降りました。北には破線道があり,これで帰るつもりでした。迷い込んだのは黒鉄山の西側に真北から入り込んでいる沢に降りる道で,この沢は石が多いのを除けば木の密度は低いので歩けます。かなり長く降りました(直線距離では1キロ)。途中には大きな炭焼き釜があったりして,最後は黒鉄山の北の破線道が沢を南に大きく迂回して渡っている地点に出ました。この地点の橋は石橋で,立派なものなので破線道も良く使われていると思ったのですが,大きな間違いでした。

ここから破線道を東に戻りました。ここまで全く地形図にない道を来ただけに破線道への期待は大きかったのですが,倒木やシダが多く,だんだん心許なくなります。そして地形図上で大きく道が曲がっている場所で道は消えてしまいました。この地点には大きな石垣があって,土管もあり人の手が入っているのですが,この尾根を東に越える道はありません。地形図では北に寄ったところで尾根をよぎっているので北側の斜面を探したのですが,おかげで北の280m+のピークを登る羽目になりました。ここはシダと灌木がぎっしりと生えて地面の見えない山でした。幸い膝までくらいのシダなので山頂を東に越えて無理矢理斜面を降りることができました。しばらくシダの中を歩くと,シダはなくなり,そのうちに湿地になり,沢沿いを下り,沢を何度も渡って,最後は道に出ました。

この最後の破線道歩きは完全な蛇足です。素直に黒鉄山に戻るべきでした。しかしそれがなくても,かなり強烈な藪に溢れた山歩きでした。

展望 ★★☆
藪山度 ★★★

2008年2月17日日曜日

桜山貯水池西側の山

姫路の西にある桜山貯水池から城山へは,2006年の11月に歩きました。その時に貯水池の西側にある山にも登ってみようと思いつき,今回やっと登る機会がありました。登り口は,貯水池の西側堤防の下にある桜山公園です。大きな円形の公園で,特に何か珍しいものがあるわけではありませんが,開放感一杯の公園です。この公園の南側に,竹林に入っていく道があります。これは地形図では南に大きく50mの等高線が入り込んでいる所です。竹林は良く手入れされていますが,道は竹林が終わると無くなって,あとは藪を登って尾根に出ました。これは尾根に出るには余り良いルートではなく,むしろ貯水池沿いの道に出て,地形図の町界の二点鎖線付近を登っていく方が,きっと楽です。しかしとにかく尾根に出ると,木の間隔が広く,倒木も少なく,歩きやすくなりました。

尾根と言っても一番高いところが140m+です。北西に118mのピークがありますが,地形図で見ると間は崖のようなので行くのをやめました。尾根伝いに町界を南下しました。途中からは尾根道があり,これに従って歩くと町界をはずれて,100m等高線に挟まれた鞍部に降りてきました。町界を進むと西には110m+の小高いピークがあるのですが,行き損ないました。

鞍部に降りると,迷彩服を着て自動小銃を持った人が歩いていました。自衛隊の訓練とは思われず,趣味のようでした。ここからは真っ直ぐ南の188mピークに登りました。かなりの急勾配ですが,藪はたいしたことがなく,しばらく頑張れば登れます。頂上からは桜山貯水池が一望できます(写真)。さらにピークには石垣があり,砦のようなものがあったのかも知れません。

この先は東に進みます。150m-の鞍部に出ると,貯水池の方から道が登ってきていました。ここは峠ですが,峠の西側には道が見あたりません。東側の150m+のピークへは道があります。途中には低い石積みがたくさんあり,溜池を作るときの工事の跡のような感じです。桜山貯水池が作られる前にあった溜池の工事かも知れません。この付近は以前に城山に行ったときにも来ましたが,とにかく岩が多く,人工物のような感じの岩もたくさんあります。ただしバサッと綺麗に割れた石が多いので人工物のような感じがするのですが,割れかかっている部分を見ると石が直線的に割れることは珍しいことではないらしく,人が切ったとは断言できません。

150m+ピークからは北に尾根を進んで,貯水池に降りました。ここは岩が多くて面白いのですが,尾根は幅広くて迷いました。とは言え,どう進んでも貯水池には降りられます。貯水池には一周する道がありますので,それを桜山公園まで戻りました。なお,堤防は立入禁止となっています。

歩きやすい里山で,展望もあり人工物もありで,ちょっと楽しめる短い山歩きです。

展望 ★★☆
藪山度 ★☆☆

2008年1月26日土曜日

飯盛山から光明山

飯盛山(196.8m)は龍野の西にある山で,播磨自動車道が南北に突き抜けています。播磨風土記にも記載がありますが,北を通る県道5号は昔は街道でしたから,交通の要所でもあったと思われます。地形図では綺麗な同心円のピークになっており,登りにくそうに見えます。

登り口は,揖西町長尾,東に延びる尾根に建てられている岳神社です。この神社への参道は,この尾根の北と南と両側にあり,神社は南側ですが,南北に尾根を横切る道があります。この道の一番標高の高い地点から登り始めました。

最初に目指したのは,すぐ近くの100m+の平坦地です。けっこうな急斜面で,疲れました。登ってみると平坦地は意外と狭く,数メートル四方しかありません。しかし,木々の間から既に龍野が見えます。

実は神社の道から飯盛山へ向かう道があります。消えかかっていますが,この100m+のピークを北側で巻いて,長い鞍部を通って飯盛山の南東へ向かっています。その後は飯盛山を反時計回りに巻いています。私は道が頂上の北東付近に来た頃に,しびれを切らして頂上まで斜面を登りました。もっと巻いていけば,登頂する道があったのかも知れませんが,頂上で探した限りでは,はっきりした登頂ルートは見あたりませんでした。

飯盛山の山頂には四等三角点があります(写真)。付近数メートル四方の木は切ってありますが,周囲は林なので遠景は望めません。三角点自身も枯れ草に埋まっており,夏はひどい状態なのかも知れません。しかし空は見えるので,測量用の棒が近くの木にくくりつけてありました。

飯盛山からは,光明山を目指しました。まず西側の斜面を降りなければなりませんが,ここはひどい藪です。歩きやすい木とシダの隙間を見つけて降りてゆくと,100m+の鞍部に出てきますが,ここから西の236mピークあたりまでは道があります。番号の付いたプラスチックの標識が埋まっており,鞍部が5001番で,西に向かうと番号が増えます。

236mピークを過ぎ,尾根が南に折れるところは,割と歩きやすかったと思いますが,その先で200mの等高線を降りるところは背の丈ほどのシダ藪がひどく,何度も後戻りして道を探しました。結局,シダはある高さから上にしか生えていないので,まず西に向かってシダの無い斜面を降りて,シダ藪の下に出てくるという道を採りました。この後も歩きにくいところがありますが,番号付きの標識が続いています。

再び200mの等高線を越すあたりからは,かなり歩きやすくなりました。尾根に乗れば,光明山まではほとんど問題ありません。光明山には2006年9月に来ていて,その時には三角点も城跡も見つからなかったので,今回も探したのですが,やっぱり見つかりません。三角点は,完全にシダ藪に埋もれていると思われます。

車を長尾にとめてあるので,帰りは2006年9月と同じく東南に尾根を歩きました。普通なら201mピークの東の尾根を降りるのですが,これは播磨道が横切っているので,その手前の沢を降りることにしました。これは正解で,暗くて湿っぽい沢道を予想していたら,意外としっかりした道がありました。ほとんど障害無く長尾に降りられました。ただ,この道は地形図には実線で書いてありますが,車の通れる道ではありません。

このコースは,気持ちの良い落ち葉の山道と藪が交互に現れます。変化に富んだと言えば聞こえは良いのですが,途方に暮れる藪もありますので,一般向けではないと思います。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★★