2008年10月18日土曜日

県道塩田三日月線

三日月町から北に向かう道の入り口に、「塩田三日月線 この5km先通行不能」と書いた立て札が立っています。通行不能とは普通は車で通れないことを言うと思いますが、歩いて通れるのかは行ってみないとわかりません。というわけで、行ってみました。

Wikipediaによると、兵庫県道433号塩田三日月線は宍粟市山崎町塩田と作用郡作用町三日月を結ぶ総延長13.195kmの一般県道となっています。三日月から塩田に行くには本郷川を遡って本郷峠を通るのがもっとも単純な行き方ですが、地形図上はこの道は途中で破線道になってしまいますから、車でこの県道の全区間を通ることはどう見ても不可能です。

とりあえずこの破線道になるところまで車で行きました。途中で「林道三日月本郷線開設工事」という道路工事の看板を見ました。いよいよ林道(2007/10/28を参照)が完成に近づいているようです。ここまでは2車線の良い道ですが、いきなり道は未舗装道路二本に分かれます。右は雨ケ岳の南を通って山崎町高下に抜ける道、左が本郷峠に向かう道で、左の道には「塩田三日月線 この先通行不能」という立て札が立っています。二つの道の間には、重機などが置いてある作業場があります。倒木の処理でもしているのでしょうか。

以前にこの近くの高丸山に行ったとき(2006/12/02)に、この付近の谷は倒木で埋まっていることが多いことを知りました。したがって、この道にも倒木を予想していたのですが、これだけ重機があると片付けられているかと少し期待しました。じっさい塩田三日月線を歩き始めると、未舗装ですが歩きやすく、本郷川の両側斜面の植林の倒木もかなり整理されています。道に斜面から倒れている倒木も、切ってあります。というわけで、最初は良い気分で歩いていたのですが、本郷峠までの道のりの半分くらいを歩くと、倒木が道を覆っていました。

この付近の倒木は斜面から道に倒れこんでいるので、その多くは下をくぐることができます。枝がついている木が多いのですが、倒れてから年数がたっているため枝が割りと簡単に折れるので、枝を折って隙間を作って潜り抜けました。しかし、だんだんと草も増えてきますし、道が沼化している場所も多くあります。この道はしっかりと作られており、川の側にはコンクリートの壁が作られている場所も多くありますが、川からやや高いところにあるために、倒木で下が見えないと川に転落する可能性があります。なるべく川から離れて歩きました。

倒木を数本くぐったり乗り越えたりすると、数10mほど道が見えますが、またすぐに倒木で覆われてしまいます。しかも、次第にシダが増えてきて、地面が見えなくなりました。場所によっては川に下りて歩いたところもありますが、川にも倒木があるのでそれで問題が解決するわけではありません。

結局1時間ほど倒木と格闘して1kmほど歩き、沢が二つに分かれる地点に着きました。よくここまで歩いたものだと自分でも感心します。しかし、ここから右手の本郷峠までの谷も倒木とシダで埋まっており、とても先に進む気にはなりませんでした。右手の川の向こうを見ると雑木林なので、川を渡って斜面を登りました。かなりの急斜面ですが、土が乾いているだけでも幸せに感じました。すぐに歩きやすい尾根に乗れて、さらに町境(北は宍粟市山崎町、南は佐用郡佐用町)の尾根に着きました。あとは本郷峠まで尾根を北に歩きました。

本郷峠は、人工的と思われる切通しになっています。北側は植林で、壊れかけた小屋があってお地蔵さんがあります(写真)。小屋の板には署名がたくさんあって、昭和30年のものもありました。北側と南側で植林の様子は大きく異なり、南側の道には倒木が見られます。この道は古くから重要な交通路であったと思われますが、今となってはまさしく通行不能でした。

この後は、尾根を戻って南東の雨ヶ岳を目指しました。少し尾根を登るとネットの張ってある場所があり、ここでは北側で倒木処理が行われていました。さすがに宍粟材の地元だけあって、宍粟市は植林の手入れに熱心です。木が伐採されているおかげで、中国自動車道の北側の山々がよく見えます。上牧谷三角点付近の山や、水剣山、黒尾山が見えました。

この先は尾根歩きですが、徐々に荷造り用ビニールテープが増えてきて、ここが松茸山だということが分かってきます。茸を取らないようにという地主からのメッセージもあります。このテープに沿って歩いて、何度か尾根を間違えました。間違えずに町境の尾根を進んでも、問題があります。岩の多い483mピークの南で、雨ヶ岳に行く道が見つからないのです。地形図を見ると分かりますが、この尾根は雨ヶ岳にはつながっておらず、南西に向かっています。雨ヶ岳に行くには一度尾根を乗り換えるのですが、その道が見つからなかったのです。雨ヶ岳から来れば、尾根をまっすぐ進めばこちらの尾根に乗れるのですが、反対向きは簡単ではありません。

雨ヶ岳にもう一度行ってみたかったのですが、その場合の下山路は地形図の破線道となります。これは川沿いではありませんが、明らかに沢のような場所を通っており、倒木の可能性があります(これは確認していません)。そこで、楽な尾根で下山しようと、雨ヶ岳には行かずにそのまま南西に尾根を進みました。尾根の先端は、車を止めた道路の分岐点です。この尾根は植林で、道こそありませんが歩きやすく、楽に下山できました。350mピークまでくると雑木林になり、最後は急斜面を作業場に降りました。

三日月町の北の山は現在でも大倒木地帯となっています。2004年の台風前のレポート([1])でも、かなり悲惨なようです。尾根は歩ける場所が多いと思いますが、尾根でも場所によっては倒木がありますので、あまり足を踏み入れないほうが無難と思います。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★★ 倒木だらけです

2008年10月13日月曜日

新宮町奥小屋の降りられない尾根

西栗栖の駅から北に栗栖川を遡ると、そのどん詰まりは奥小屋と呼ばれる地域です。上所や下所という集落があります。この付近の、栗栖川沿いと栗栖池に挟まれた尾根に登ってみました。

登り口は栗栖池への分岐点である麦子口にある尾根の南端にしました。尾根の端に墓地がありますが、これは揖保川沿いの香山城が羽柴秀吉に攻められて落城したときの落武者の墓であるとの説明書きが立っています。墓地の裏手は藪だったので、少し西に行った麦子八太荒神の手前にあった踏み跡から登りました。どちらから登るにしてもこの付近は大変な急勾配で、足元は崩れやすくて足場が悪く、木に掴まって登らなければなりません。しかし少し登ればすぐに平らで歩きやすい尾根に出てきます。

ここからは平穏な尾根歩きとなります。道はありませんが、歩きやすい尾根です。木に野球のグローブが掛けてあったのが気になりました。標高は徐々に上がって行き、300mから350mまでの急勾配を登ると、植林地帯になってきます。372mはとりたてて何もなく、その北の380m+ピークも藪ですが、この付近からは植林が美しくなります。写真はこの付近で撮影したものですが、枝打ちされた背の高い植林で、良い建材になりそうです。

378mピークは美しい植林で、この北の植林の急勾配を登って420mまで来ると、西側の木が切ってあり展望が得られます。栗栖池は見えませんが、その向こうの尾根や大山三角点のあるピーク、それに播磨科学公園都市が望めます。

この先もほとんど植林の尾根です。尾根が東に曲がるところでは、間違えて真っ直ぐ進んで416m地点まで行ってしまいました。尾根は東へ進み、また北に進み、北東に向きを変えます。ビニールの荷造りテープの残骸が木に巻き付いており、この付近が松茸山であったことを示しています。この尾根を進むと宍粟市に入りますが、山崎町の山は松茸が採れるらしく、ビニール紐をよく見かけます。以前にこの尾根に国見山側から歩いてきたことがあるのですが、紐だらけでした。

この辺りでそろそろ下山することにしました。真っ直ぐ歩いて国見山まで行って下山できれば楽ですが、そうすると麦子口に置いてきた車を取りに帰るのが大変です。下山ルートとして、まず350mの等高線に挟まれた細い南北の尾根の南から、東に尾根を降りることを考えました。この付近は植林で歩きやすく、下山も木に掴まって急勾配を降りました。しかし、降りてみると川が倒木で完全に埋まっていました。後から確認したのですが、この川は支流ではなく栗栖川そのものですが、それが全く倒木で見えません。これでは降りても川沿いに歩けないので、少し斜面を西に進んでみましたが倒木地帯になってきたので、しかたなく尾根まで戻りました。150m以上の急斜面を戻るのは疲れました。無理して降りて倒木地帯につっこむよりは、大回りしてでも尾根を伝って降りようという作戦です。

ここから南に戻って、上所へ延びる尾根に出ようとしました。最初に降りて行ったのは八幡宮の北に延びる沢で、これも倒木で埋まっています。ここでもまた100m以上の急斜面を尾根に戻り、尾根から再び上所へ延びる尾根を探しました。結局430m+のピークから南東に降りて行って、目的の尾根に出られました。最初は幅が広く、上の尾根からは目標が掴みにくいのが難点です。目的の尾根に出てしまえば、非常に歩きやすく、場所によっては道があります。尾根を外さずに歩けば上所に近づけます。尾根をはずれまで歩いてもよかったのですが、途中に荒れた林道があったのでそれを降りました。この林道もすぐに倒木で遮られましたが、下に倒木ではなく舗装道路や人家が見えていたので植林の中を降りました。

この尾根は気持ちよく植林の中を歩けます。展望は、一箇所を除けば木々の間から隣の尾根が見える程度です。降り方が大問題で、谷はほとんど倒木で埋まっていると思っていいでしょう。尾根を上手に伝うのがルートハンティングのこつです。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆

2008年10月4日土曜日

西から登る宝台山

宝台山は相生と上郡の間にある山です。二号線から北を見るとアンテナのたくさん立っている山が見えますが、これが宝台山です。登山記録を調べるとアンテナの保守路を歩くのが楽だということが分かりますが([1],[2],[3])、西から登ってみることにしました。

このルートは[3]に少し書いてあります。休治から東に延びる破線道を歩きます。入り口に獣避けの扉がありますが、ここに「聖徳太子の手洗場と馬の水飲み場」のことが書いてあります。聖徳太子が乗っていた馬の蹄の跡が残ってる岩と、水を飲ませた岩があるのだそうです。楽しみにして歩いていくと、すぐに右に曲がる矢印が立っていました。しかし、その方向の道は草だらけで、少し入って行ったものの、すぐに引き返しました。もう少し破線道を歩けば道に別の指示があるのかと思ったのですが、結局なかったので、やはり矢印の場所だったのでしょう。藪の奥まで入ってみるべきでした。しかしこの場所には川はないので、「休治川のほとりで休憩して馬に水を飲ませた」という伝説とは合致しません。

この道は車の通れる林道で、歩きやすいことこの上ありません。途中で木々の間から上郡方面が見え隠れしますが、展望はあまりありません。そして、何も考えないで歩いていると、溜池のほとりに出てきて、動物捕獲用の大きな檻があって道は終わってしまいます。地形図では途中から山頂に向かう破線道が分岐しているのですが、分岐はどう探しても見つかりません。結局仕方がないので地形図の分岐の付近で尾根に登りました。尾根にも檻があります。ここからは尾根沿いに登りました。地形図の破線道は尾根よりは北側にあるので、どこかで合流するのかと思いつつ登りましたが、結局現れませんでした。

切り開きのある尾根なので楽に登れます。途中で雑木林が植林に変わり、急斜面を登ると379m地点に出てきます。ここは送電線の巡視路が通っており、それを歩いて尾根を南に進むと、宝台山の山頂に出てきます。

山頂にはドコモ(写真)とツーカーホン関西とJ-PHONEの巨大なアンテナ、そしてパラボラアンテナの付いた兵庫県の宝台山中継所があります。ほかに「KDDI管理地」という札の立っている更地がありますが、これが地形図の北側のアンテナの場所です。J-PHONEと兵庫県の塔は地形図にはありません。若狭野二等三角点(379.0m)はドコモのアンテナの東側の藪山にありますが、探すのに手間取ります。二等三角点だという割りには土に深く埋まっています。ツーカーホン関西のアンテナ塔の南にある斜面に「わかさの成林」と書いた矢印があります。とても登れないような斜面にありますが、おそらくこの南の尾根を通って成林に降りられるということでしょう。

下山は赤穂市と上郡町の境界の尾根を西に降りることにしました。兵庫県の中継所の西側の藪を抜けると、下山ルートが見つかります。良い道とは言えませんが、マーキングがしっかりしており、迷うことなく降りていけます。途中で尾根から北西に降りるところも、マーキングとプラスチックの杭があるのですぐわかります。これを降りてゆくと、溜池の南側に出てきます。ここに「宝台山」と書いた矢印があって、降りてきた道の方向を指しています。つまりこれは登山ルートなのです。

溜池の南で南西に向かう破線道を探したのですが、結局見つからず、マーキングもあることなので境界をそのまま進みました。ところがすぐにマーキングは北の方へ行ってしまいました。あとはマーキングも杭もない境界の尾根を伝って歩きました。あまり藪はなく、楽に歩ける尾根です。最後は231mピークの東のピークで南に折れて、破線道と交差しますが、破線道に向かって降りるところはシダの藪でした。

ここで破線道が尾根を越えているはずなので探したのですが、見つかりません。しかたないので無理やり西側の藪に入ってみましたが、歩けるような藪ではなく、再び尾根に戻りました。少し歩くと北側に降りる道があったので降りてみると、沢に出てきました。非常に荒れていますが人工の道と思われるものがあり、これをしばらくは歩けました。しかし、すぐに藪にぶつかりました。これも突破できそうもなかったので沢に降りましたが、笹藪で抜けるのは大変でした。この後はとにかくいろいろな種類の藪が続き、最後は溜池に出てきました。大きなウシガエルが驚いて水に飛び込みました。この溜池の周囲もすべて藪で、突破は困難を極めました。石積みがたくさんあり、かなり手の掛かった溜池であることは確かですが、今は完全に放置されて笹が伸び放題です。

苦労して藪を抜けて溜池の西側に出てくると、良い道があります。これは地形図の実線道です。そこから東に延びる破線道は存在しないわけです。この良い道をしばらく歩くと、74m地点で北に向かう破線道があります。西の正福寺に向かう道は良い道なのですが、北に向かう道のほうが休治に行くには近道なのでこれを通ろうとしたところ、すぐに道が無くなりました。地形図の破線道に忠実に歩きましたが、笹藪が多く、またしても藪漕ぎです。やっとのことで溜池の北まで来ると、道が現れました。最後まで藪に祟られました。

国土地理院にだまされたような山登りでした。特に下山の最後のほうの藪はひどく、こんなことならずっと尾根を歩いて、231mピークまで行って北に降りた方がよかったかも知れません。宝台山の登山ルートとして最も楽しめそうなのは、椿峠から成林まで高圧線の保守路を通る道だと思います。ただ、これだと山の反対側に降りてしまうのが困りものです。

展望 ★★☆
藪山度 ★★★