2010年1月10日日曜日

瓜生から三濃山へ

三濃山に南から登るなら、感状山経由か、羅漢の里経由が普通ですが、あえて尾根伝いに歩いてみました。まず瓜生から西に近畿自然歩道を歩いて、尾根に出ました。大池の手前で扉を一つ、そのあと二つ通ってやっと登山道になります。よく整備されていますが、けっこう急峻です。峠には小さなお地蔵さんが置かれています。この峠から北に登るのが、尾根歩きの始まりです。

270m+ピークまでは枯れ葉の間を歩きました。このピークの岩場は、建造物の跡かも知れません。北に尾根を辿り、東に曲がって330m+ピークの西側は少しシダが生えています。ピークは木の間から感状山が見えます。ここからは北へ尾根を歩きましたが、シダが少し生えています。三角点に向かって登る途中で、ハンターの人にお会いしました。この付近の山に何人か入っているそうでした。とりあえず尾根は安全そうでしたので、北に登って中筋四等三角点(357.27m)に着きました。さらに北に下りて尾根を歩きましたが、シダが元気でした。西側に少し降りると歩きやすかったと思います。そのうちに西側から送電線の巡視路が上がってきて、道になりました。鉄塔は西播線58です。鉄塔の先端に鳥の巣がありました。感状山や海が望めます。

さらに北に歩きました。巡視路は東に降りてしまいます。すぐ北に昔の鉄塔を撤去した跡がありました。尾根はシダが生えているところが多く、背の高さ以上に茂っているところもありますが、西側に降りると道があり、さほどの苦労もなく歩けました。その後370m+ピークまで上り、再び鉄塔があります。播磨線12で昭和52年建設ですが、かなり巨大です。この先もずっと北に歩きましたが、尾根には道があります。ただ、尾根の一番上ではなく。少し下がったところに道がつけられているので、ピークがあっても登らずに通り過ぎてしまいます。400mピーク付近には岩が多く、人工物かも知れません。YAMAHAと書いてあるビニールがこの付近の木にたくさん巻き付けてあったのは、何か意味があるのでしょうか?

この先は細い尾根が続いていますが、道があって迷うことなく歩けます。快適に歩くと、437mピークに着きました。ここで良い道が続くのでそのまま北に行くと行き止まりなので、一度西に少し尾根を歩き、そこから北の尾根に降りる必要があります。ここは相生市と上郡町の境界です。この境界には道があって、落ち葉を踏んで歩くことができます。東急の標石が現れる430m+ピークを過ぎて、尾根は東に曲がって急な下りです。東に進むと今度は北に急な下りがあります。この付近の地形図は間違っていて、破線道が尾根を東に降りていますが、実際には破線道は尾根の北の谷にあります。急な下りを北に降りると、峠のお地蔵様を見ることができました。これは瓜生から鞍居川沿いの西谷に繋がる山越えの道です。「三濃別れ」の標石に「くらい」と書いてある道です。

この後も道があって快適な尾根歩きです。少し登って、阿曽山三角点(425.88m)です。2001年の大柿さんのプレートが残っていました。道を辿ると南に降りて、尾根伝いに東に進めました。この辺は深い溝のある道があって迷うことはありません。しかし、溜池の西側の尾根を進むと、溝は東へ行き、境界から離れて溜池の方に行ってしまいます。おそらくそちらに辿っていけば、溜池の北で破線道(羅漢の里からの登山道)に出られたと思いますが、ちょっと無理して境界に戻ってみました。道はありませんが、北に斜面を降りると平坦地に出てきました。地形図では畑のマークが描いてあります。ここから東は昔の三濃村の耕作地が広がっています(写真)。当初の計画では447mピークに登って境界の尾根を歩くつもりでしたが、面白かったので耕作地を通って三濃山に向かいました。むかし田圃か畑だったと思われる平坦地はぬかるんでいて歩きにくかったのですが、意外なことに草や木はほとんど生えていません。2007/01/06に行った黒蔵とは同じ廃村でもだいぶ違います。泥に足をとられながら北東に進むと、果樹園と思われる場所に出てきます。この先は人家の跡がありますが、竹薮なので東に抜けて登山道に出ました。あとは人家跡を少し見学してから、森を抜けて三濃山に登りました。歩き始めてほぼ3時間でした。ちょっと曇っていましたが、南向きの展望は抜群です。帰りは素直に羅漢の里に降りました。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆

地形図は「二木」です。

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