2011年2月27日日曜日

奥長谷三角点


前日に歩いた庵の行者山の付近は、千種川側からも近く、登山コースがありそうです。奥長谷三角点は長谷川の上流にありますが、じっさいは千種川を見下ろす位置にあり、千種川側から登ってみました。

長谷川に沿って走る道は県道444号ですが、口長谷から東に行くと、途中に「中三河佐用線この先通行不能」と書いた看板が立っています。地形図で見ても長谷川から千種川の間の山越えは破線道で、しかも中三河に通じる破線道は急斜面を曲がりながら降りています。ここに自動車道を通すのは難問でしょう。どんな具合か、見に行きました。中三河で千種川を西に渡ると数軒の家がありますが、その間を抜けると小さなお堂があります。その上側に道があり、関電の赤い「火の用心」が立っています。鹿避けの扉を開けて登り始めました。

この道は急斜面をジグザグに登っていきます。路肩が崩れかけている場所が多く、ちょっとスリルがありますが、道が無くなることはありません。途中で64号鉄塔がすぐ上に見えますが、斜面が急なので見に行かずにそのまま道を登りました。最初のジグザグの部分は地形図と違っていましたが、この付近は地形図どうりの道になっています。すぐに峠に出て、気持ちの良い植林となりました。長谷の方に降りる谷には南斜面に道が付いており、すぐに登り道への分岐がありました。最初の予定では真っ直ぐ西に降りて、適当なところから南斜面を登って三角点に行くつもりだったのですが、この付近の尾根が登りやすそうだったので、予定を変更して登り道に進みました。すると、まず千種佐用線66鉄塔があり、次に65鉄塔がありました。65鉄塔は斜面の上の切り開かれた場所に立っており、千種川沿いに北方面の展望があります。

鉄塔と言っても千種佐用線の鉄塔は小さなもので、この65鉄塔も柱一本だけです。下から見上げると、山の中に64、65鉄塔と二本の電柱が立っているように見えます。63鉄塔は千種川を跨いだ東側の畑の中にありますが、二本の電柱をてっぺんでつないだもので、いわゆる送電線の概念とはかけ離れたものです。プレートの日付は平成なので、古いからシンプルというわけではないようです。

65鉄塔の脇には佐用町の地籍図根三角点があります。ここから尾根を登り、南東に歩きました。この付近は広い尾根で、木の間隔が広く地面は落ち葉で埋まっていて、ピクニックに良さそうです。この先、400m付近まで急斜面を登る必要がありましたが、ここはあまり南に寄るとネットが張られています。その南側は倒木処理の跡です。少し西寄りに、倒木の多い急斜面を登ると、倒木処理された斜面の上に出てきて、素晴らしい展望が得られます。写真はこの付近で撮ったパノラマ写真です。もう少し登ると、後山の方まで見えるようになります。447mピークから西の尾根に進みましたが、この付近も広くて気持ちの良い場所です。ずっとピンクのマーキングが付いています。奥長谷三等三角点(435.32m)まで、若干の倒木はありますが、歩き易い平坦な尾根でした。三角点の周囲は伐採してあり、古代の儀式場のようでした。

普通ならここから北斜面を降りて破線道に戻り、下山すればよいのですが、実は447mピークの南に長く延びる尾根も比較的平坦で、歩きたいと思っていました。まだ歩き始めて1時間半しか掛かっていなかったこともあり、447mピークまで戻って南東に尾根を進みました。この時に447mピークにも佐用町の地籍図根三角点があるのに気がつきました。佐用町の三角点はたいてい蓋付きで地中に埋められているのですが、これは4本のプラスチック杭に囲まれていました。この尾根はすぐに終わって東に少し降りなければなりません。この方向にはピンクのマーキングがなく、倒木が多くて不安だったのですが、少し降りるとマーキングがありました。この付近は倒木地帯ですが、倒木を切ってマーキングを付けてあるので楽に歩けました。

この後の尾根歩きは蛇足かも知れません。茂みが多く倒木もあってスタスタとは歩けません。しかし、切り開きもずっとありますから、文句の付けようがありません。途中で東側が見えるところもあり、黒尾山が見えていました。最後は265mピークの北側が広い植林となっており、東西両側に降りられそうでした。265mから南はやや藪っぽくなりますが、ピンクのマーキングは続きます。共同アンテナの残骸を過ぎて、最後は斜面の道を降りると植林の作業道に出ました。マーキングはそのまま急斜面を降りていましたが、やや急だったので、作業道を東に歩いて救護施設に出ました。

2時間半ほどでしたが、天候にも恵まれて気持ちの良い山歩きでした。シダはほとんど生えていません。下三河の付近は、もうちょっと整備すれば絶好のハイキングコースになりそうです。

展望 ★★☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「土万」です。

2011年2月26日土曜日

長谷から登る庵の行者山(鷲栖山)


先日は庵から行者山に登りました(2011/02/06)。とても気持ちの良い山歩きだったので、天気の良い日に南の長谷から登ってみました。佐用の北から東に長谷川沿いに車で走りました。ここの地名は「はせ」ではなく「ながたに」のようです。どの尾根から登るか迷っていたのですが、奥長谷に入ると、道の左側に送電線の鉄塔への巡視路を示す赤い「火の用心」の札が立っていたので、そこから登ることにしました。番号は太く88と書いてありますが、78とも書いてあります。

この場所は谷ですが、倒木で埋まっています。巡視路はすぐに消えてしまいますが、鉄塔は南の方に立っているはずなので、南側の尾根を登りました。地形図で見てもわかるように非常に急斜面ですが、少し登ると道がありました。それを辿って登って行くと、千種佐用線78鉄塔がありました。小ぶりの鉄塔で、碍子が4つしかついていません。この送電線の鉄塔はどれも簡単なもので、電信柱か火の見やぐらと見間違えるようなものが多いようです。その中ではこの鉄塔は鉄塔らしいものでした。少し南には、二本の鉄塔で3本の電線を支えている珍しい形の鉄塔もあります。建設が昭和31年1月ですが、鉄塔としては平成5年6月になっているので、以前は88鉄塔だったのでしょう。

ここから西に登って300m+の稜線に出ました。佐用町の地籍図根三角点がありました。この尾根は予想どうりなだらかで歩きやすく、道がありました。北へ歩くと、一度下って鞍部に出ました。地形図では中村からの破線道が登ってきていますが、実際中村方面に降りる道がありました。西向きには道はなかったようです。

ここから北の斜面に向かいました。やや急ですが登りやすく、350m+まで気持よく登りました。370m+ピークには再び地籍図根三角点がありました。この付近は東側は倒木の多い植林、西側は自然林で、その間の細い尾根を歩きます。時々展望もあります。前回も通った尾根の三叉路に出て、ちょっと西に歩いて和正谷四等三角点(418.3m)に行きました。この後は前にも歩いた尾根を東に進みました。今回は雪もなかったので、前回よりは楽に歩けましたが、尾根のネットだけは馴染めません。

行者山山頂からの眺めは相変わらず素晴らしく、特に日名倉山から後山あたりの山並みが雪をかぶっているのが絵になっていました。少し休んでから、東の460mピークに向かいました。行者山の山頂からこちらの尾根に下りる道はないので、最初は藪を抜けました。しかし尾根がはっきりすると道らしくなりました。最初は岩場です。こちらの尾根にもネットがあり、数字の埋め込んである標石もありました。いったん鞍部に降りて、あとはやや急な斜面の登りです。460mピークにはネットがあり、そのまま歩くと尾根は南に曲がります。これを真っすぐ進んで下山して波線道に出ることも可能でしたが、地形図で見るとかなり急なので、大回りですが東の尾根に行きました。すぐに450m+のピークがありますが、これは岩の塊です。一番上に地籍図根三角点が埋め込まれていました(写真)。

この先の鞍部は広々した感じでした。その先の410m+ピーク付近から420m+ピークあたりも広い尾根で、東方面の展望が得られます。山崎町の丸山(2010/12/29)付近の山が見えました。この後はずっと下りで、大部分は道がありました。最後には民家の裏に出てきましたが、ネットなどはありません。

この付近の山はシダがほとんど生えていないので、歩くのが邪魔なのは灌木と倒木だけでした。天気も良く眺めもよかったので、満足できる山歩きでした。

展望 ★★★
藪山度 ★☆☆
地形図は「土万」です。

2011年2月20日日曜日

神谷池を一周


姫路市豊富町、加西市との市境近くにある神谷ダムは、背後に川の無いダムです。これは、このダムが市川の水を汲み上げて蓄えるいわば水甕の役割を持っているからなのですが、川がないということは周囲はすべて山で、一周歩くことが可能なはずです。これを試みてみました。

神谷ダムには車で行けるはずだったのですが([1])、保守道路に入るといきなり通行止めになっていました。しかたがないので車を停めて歩き始めました。ダムまで歩き、東側の山に登りましたが、登り口に悩みました。なるべく周回道路は歩かないつもりだったので、最初のカーブを曲がったところから登り始めました。ここは谷で、岩を伝って少し水が流れています。その滑りやすい岩の上を登って行ったのですが、周囲は藪で、それを避けて左右にコースを変えながら歩きましたが、藪には違いありません。かなり苦労して、ようやく稜線に到達しました。ここには踏み跡らしきものがありますが、長らく歩かれていないらしく、左右から草や木が飛び出していて藪となっています。250m+のピークまで登ると、少し展望がありましたが、藪は続きます。ようやく道らしいものが現れたのは、250m+ピークの手前で南西からの尾根と合流してからでした。250m+ピークからは市境を歩くことになり、切り開きがはっきりして楽になりました。

登り始めて1時間近くかかってやっと到達した藤禾三等三角点(269.1m)には複雑な標識が立っています(写真)。ちょっと周囲の木が育ちすぎですが、良い眺めです。その東の250m+ピークには第二展望台という黄色い展望台があって、ここでも展望を楽しめます。この付近は遊歩道なので眺めも良く、歩きながらでも北条や笠松山が望めます。その後分岐点があって、芝生広場に降りられますが、ここは西に歩きます。すると次は第一展望台という第二展望台と同じ仕様の展望台があり、ここからは福崎方面がよく見えます。そして更に牧野キャンプ場目指して西に歩きました。この付近は神谷ダムの北の端です。ほぼ真っ直ぐな道で、周回道路に降りる分岐がいくつかありました。210m付近にはパラボラアンテナが二つ並んでいました。その先で道は南西に曲がり、西山田四等三角点(224.8m)が道の脇にありました。この先も良い道が続き、東屋が現れました。ここは展望台ということになっていますが、展望はありません。しかし、遊歩道の途中からは西や北の展望があります。この付近は牧野自然公園だそうで、地図がありました。付近には西側に降りる分岐がいくつかありますが、焼山頂上という方向に歩きました。焼山というのは神谷池に飛び出した尾根上のピークの名前ですが、こちらは行き止まりなので、光景寺山頂という方向(西)に進みました。

この次の210m+ピークから道は北西の152m地点のある尾根に降りて行ってしまいます。池の周りを歩くには、ここは南西に行かねばなりませんが、道がありません。結局藪に足を踏み入れることになりました。この部分の尾根は見つけにくく、かなり藪を歩いてやっと尾根に乗れました。いちおう踏み跡がありますが、かなりの藪です。木の枝を避けながら、かつては道だったかも知れない踏み跡をたどりました。三つの200m+ピークを越すと、西側から道が上がってきており、これとピンクのマーキングを辿って260m+ピークに出ました。この付近は以前に畑山から歩いてきたことがあります(2007/11/04)。ここから東に向かう尾根はシダが多く、また灌木もあれば笹も生えていたりして、かなり密集した藪です。道はあるようなのですが、草木が覆っているので上からでは見えません。270m+ピークもひどい藪で、特に南側は歩けません。北側には道らしいもの(つまり地面に何も生えていない場所)が続いていますが、すぐに見えなくなりますし、途切れる場所だらけです。ここと258mピークとの間の尾根もひどい藪でした。午後も遅くなってきたので、結局ここから北に谷を降りて、周回道路に出ました。この谷は水が無く、木も少なかったので楽に降りられました。

神谷池一周は、結局果たせなかったのですが、ダム西側のピークから周回道路に降りる斜面はかなり急で、登りはともかく下りはかなりの勇気が要りそうです。もっと南に降りる尾根もありますが、おそらくひどい藪で、しかもダムの下に降りてしまうので、望ましいコースとは言えません。このピークに関しては、いずれ藪山を歩きたくなった時に残しておくことにします。神谷池一周コースとしては、藤禾三角点の近くから山に登り(道があればですが)、ぐるっと回って焼山付近で周回道路に降りる(道があります)のが正解と思います。道が整備されているところと整備されていないところの落差が大きすぎです。

展望 ★★★
藪山度 ☆☆☆~★★★
地形図は「笠原」です。

2011年2月13日日曜日

東から登る深山


北条の北の深山は、西の日光寺方面から登るのが一般的でしょうが、東にも尾根が延びているので、その先端から登ってみました。若井町の礒崎神社が起点となります。神社の脇から道があります。すぐに電気の通ったフェンスがありますが、金具をずらして隙間を広げて通りました。

あとは山道です。祠が二つあり、最初の方には明治何年とか彫ってありました。しっかりした道なので楽に歩けますが、ところどころ倒木があったりシダが生えていたりするのは他の山と同じです。やや急な箇所もありました。250mを越したあたりのピークには三角点があるはずですが、見つけられませんでした。おそらく、共同アンテナから少し降りたところにあるのだと思います。この付近からは、南の展望がありました(写真)。この先も歩きやすい尾根道ですが、少し倒木が増えます。そして南からの尾根と合流する360m+のピークからは植林になります。倒木以外は歩きやすく、畑村二等三角点(408.2m)があり、いきなり舗装道路に出ました。紅白に塗られたNTTの通信塔はすぐ目の前です。

通信塔の下からの眺めを楽しんだあとで、また三角点から尾根を降りました。そして360m+ピークから尾根を南に歩きました。ここも道があって、楽に歩けました。松茸山らしく、荷造りテープが張ってありました。294mは薮で展望はありませんが歩くのには支障ありません。むしろその先しばらくの方が倒木が多く、山火事の跡のようでした。ここは気を付けないと足を取られて転びます。そして、地形図の実線道に出てきました。この付近のコースは、[1]と同じです。

この実線道を東に降りれば礒崎神社に出られますが、歩き足りないのでもうひと山登ることにしました。この峠には古い石標があって、「東若井上下」とか四面に書いてあります。ここから尾根にとりついてもよかったのですが、「頂上 440m(11分)」と書いた道しるべもあり、そちらに行くと良い道がありました。これは畑町で整備している遊歩道のようです。頂上と言ってもどの山かわからないのですが、ちょっと南に歩くと登りの階段がありました。これを登らなければ、「河上神社 520m(8分)」に行くようです。ここから登って稜線に出て、さらに「愛宕山山頂 120m(2分)」に従って登ると、ベンチの置いてあるピークがありました。これは320m+ですが、愛宕山山頂のプレートはありません。「高峰神社 730m(11分)」という標識があり、道は南に降りて行きますが、若井町側に降りるには稜線伝いに進む必要があります。しばらくは登りで、道があります。337mピークは雑然としていますが、この付近は切り開きが続きます。東の330m+ピークから南東に降りて、更に320m+の細長いピークを東に進み、方向を見定めてから再び南東に尾根を進み、288mピークに行きました。この付近は倒木が多く、いかにも藪山です。さらに尾根を東に進みましたが、藪山度はどんどん上がります。南斜面を降りれば下に道があるのですが、南斜面はシダ藪です。倒木を避けながら尾根を進むと、最後は再び電気の通ったフェンスがありました。これを抜けてフェンス沿いに降りると、下山できました。

深山への登りは1時間ほどでした。畑町の側は、遊歩道の整備が進んでいるようです。最後はシダ藪に突っ込まずに下山できたのは幸運でした。

展望 ★★☆ 深山山頂からだけですが
藪山度 ★☆☆
地形図は「北条」です。

2011年2月6日日曜日

庵の鷲栖山(行者山)



各地にある行者山の中でも、平福の利神城の北東にあるこの行者山は、山頂に祠があることで知られています([1][2])。天気のよい日に行ってみました。

ルートは[1]を参考にしました。平福から庵川をさかのぼり、庵の神社に車をとめて、少し東の橋を渡りました。小屋があり、猪が逆さに吊るされていたのでちょっとびっくりしました。この先の谷は倒木で埋まっているので、南の尾根に登りました。急斜面の植林で、稜線に着くまでは苦しい登りでした。この尾根を登るなら、むしろ尾根の先端の道路のところから登るほうが楽かも知れません。

尾根は歩きやすく、ときどきは道もありました。木々の間から南北に展望もあって、気持ちの良い尾根歩きでしたが、岩場もあれば潅木の薮もあるので、気をつけて歩く必要があります。何箇所か急登もあり、最後も急な尾根を登って和正谷四等三角点(418.3m)に出ました。この付近は木が少なくて素晴らしい展望です。この日は春霞で遠くは見えなかったのですが、いかにも頂上に登ったという実感が味わえました。

この先も少し尾根を歩き、尾根の分岐を北に折れました。この地点は迷いやすいのかと思ったら、まったく見事な三叉路でした。この先の尾根も気持よく歩けました。410m+ピークは地籍図根があります。この先は痩せ尾根で、ネットが張られていますが、壊れているところが多くてあまり困りません。ただしネットや針金を足にひっかけて転ぶと、狭い尾根から滑落しそうです。岩場の下りもあって、積雪があると危険そうです。危険もありますが、左右に木々の間から展望があって、山歩きを満喫できる尾根でした。

再び400mを越すくらいまで来ると、東から道が上がってきて、歩きやすくなりました。これが正しい登山道(参道)のようです。木の鳥居があり、頂上には祠がありました(写真)。鍵がかかっていて中が拝めなかったのが残念です。頂上からの展望は素晴らしいのですが、少し木が多くて、見えない方向もあります。三角点はありませんが、地籍図根がここにもあります。

下りは西に尾根を降りました。ここは非常に急斜面の岩場です。残雪はなかったのですが、砂地で掴まるところがなく、下山には向いていません。立ったままでは降りられない場所もありました。しかも斜面が広がっていて、行くべき尾根がうまく見つからず、少し降りてからトラバースして方向を修正しましたが、これも危険でした。岩の多い尾根ですが、350mを切ると楽になりました。アップダウンがあって、379mピークを過ぎるとはっきりした道が現れて歩きやすくなりました。この道は稜線沿いに続いており、最後は斜面をジグザグに降りて、猪の吊るしてある小屋に降り立ちました。

あのピークによく祠を建てたものです。ときどき参拝に行きたいものだと思います。

展望 ★★★
藪山度 ★★☆ 下山は特に注意
地形図は「土万」です。

2011年2月5日土曜日

金近トンネルの上を歩く


中国自動車道は兵庫県内では以前から道のあるところを通っていることが多く、一般道で併走可能です。ところが山崎と佐用の間は例外です。志文川と千種川の間は中国自動車道は西下野トンネルで抜けますが、一般道は少し北の八重谷峠を通らねばなりません。さらに千種川から佐用の間は中国自動車道は金近トンネルで抜けますが、一般道はこの付近には峠道がありません。そんな場所を歩いてみました。

佐用から金近川を遡り、鳥取道の分岐を過ぎて奥金近まで進みました。森谷に神社があり、ここから道が北の山に入っています。軽トラックでも危なそうな簡易舗装の道で果樹園の中を抜けていくと、高伏山長谷寺参道と彫られた石があって、ここからは良い道になります。途中に「徒歩では車道より近道」という案内板があったのでそちらに行きました。落ち葉の道で気持ちが良いのですが、途中で斜面を横切る所で路肩が崩れており、危なっかしい道でした。長谷寺からは佐用方面の眺望が楽しめます。

本堂の脇に「八大龍王社」と書かれた鳥居があって、ここから登ると頂上にお堂があります。高伏山三等三角点(394.2m)があります。山歩きはここから東に稜線沿いに降りるところから始まりました。この付近は国土調査のピンクのテープがいたるところにあり、他にも青や黄色の目印がありますが、道を示しているとは思えません。しかし切り開きがずっとあり、楽に歩けます。残雪がありましたが、動物のものか人のものか分からない足跡が残っており、それを辿って歩きました。倒木がところどころあります。この付近では、北東に連なる稜線の南側にピークや尾根がある所が多く、いちいちピークに登る必要はないのですが、かと言って登らないと方向が定まらないこともありました。結果的には、意外と迷うこともなく歩けました。440m+のピークを過ぎると稜線は東に曲がります。400m+の細い尾根には佐用町地籍図根三角点がありますが、わざわざ少し地面を掘って、コンクリートの蓋をしてありました。この先は旧南光町と佐用町の町界に出ます。落ち葉の気持ちよい尾根ですが、漆野三角点に登るところは倒木だらけで、北斜面で残雪が多いため、雪の少ない林の中を抜けて登りました。

漆野四等三角点(458.1m)の周囲は伐採してあります(写真)。このピークは東西に延びる尾根の上にありますが、金近トンネルに行くには南に尾根を下らねばなりません。この付近も歩き易い尾根ですが、トンネルのすぐ北の430m+ピークの南側は急斜面です。国土調査のテープが下がっている切り開きがあったのでそこを降りましたが、非常に急で、しかも真っ直ぐ谷に降りて行く感じでした。途中で東西に走る作業道に出たので、尾根を探しに東に歩いたところ、正しい尾根に出ました。道は尾根沿いに南に進んでおり、トンネルのすぐ南くらいの所で漆野方面から来る林道に出ました。尾根には切通がありましたが、西側の道は不明瞭でした。

この先は旧町界をさらに南西に進み、尾根の分岐を西に曲がって、木谷四等三角点(288.2m)に行きました。これは金属プレートです。この先も道がありましたが、真っ直ぐ尾根を歩くと中国自動車道にぶつかってしまうので、途中で南の尾根に進んで、最後は植林を抜けて道に出ました。

植林がほとんどなく、シダもそれ以外の下草も少なく、動物避けの網や扉もないという、理想的な山歩きでした。長谷寺以外からはほとんど展望がないのが残念です。

展望 ★☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「土万」です。