2012年3月3日土曜日

西脇の金城山


西脇市の南東に位置する400mほどの標高の山が金城山です。古高松というのが地元での呼び名かも知れません。稜線が綺麗で加古川の西側の山からよく見えました。金城池から北に延びる谷(箙谷というのか?)から登るのが一般的のようですが、現在登山道が整備されているかどうか分からないので、この谷を一周する周遊コースを組んでみました。

出発点は、高松町の長明寺となります。源頼政の所領だったそうで、頼政の鵺退治の像で有名です。この付近から四国88ヶ所巡りができるのですが、これが尾根の裾を通っているので、登り口を探しました。子安地蔵が西側の尾根の裾でしたが、この付近は藪で道はありません。しかたないので頼政池の北を歩いて、東側の尾根に登りました。こちらも藪には違いありません。灌木がうるさいのと、シダが生い茂っている所があるので登りやすいとは言えませんが、たまに展望もありました。

しばらく藪を登ると、やっと主尾根に出ました。ここは高松山と言うようです。道があり、標識があって、「金城池長明寺」「テレビ塔」となっています。長明寺からハイキングコースがあるのでしょう。[1]によると、霊園墓地横・頼政池横から道があるようですが、今は墓地が拡張工事中で、登り口が見つかるかどうか分かりません。とにかく「テレビ塔」目指して歩き始めました。このコースは歩きやすく、展望もそこそこあります。滑りやすい斜面にはロープもあって助かりました。和布山の和布四等三角点(313.55m)は、道の脇にあって道標かと思いました。そのうちに鉄塔が見えてきました。現在立っているのはテレビ塔ではなく、ドコモの通信塔です。以前はNHKの西脇テレビ中継放送局があったらしく、箱が残っていました。これら以外にもパラボラアンテナなどがたくさん立っています。各テレビ局ごとにアンテナがあり、どれも金城山の方向を向いています。金城山の東に高い山があるようには見えないのですが、これで受信できるのでしょうか?この山は鈴堀山というようです([2])。

考えていたルートは、ここから東の尾根に降りて、金城山に向かうというものでした。地形図でここが急斜面だということは分かっていたのですが、急であるだけでなく、藪でした。下手をすると背の高いシダに囲まれて身動きが取れなくなりそうで、かなり躊躇したのですが、結局降りてみることにしました。シダの生い茂っている所もあって危険でしたが、踏み跡のようなものがありました。単に水が流れる場所なのか、獣道なのか分かりませんが、とにかくシダや灌木を押しのければ歩ける場所があり、それを見失わないように降りていくと、岩場に出てきました。眺望良好です。ここから先は少し楽になりましたが、結局尾根に降りてもかなり藪っぽく、場所によっては腰くらいまでのシダが茂っており、踏み跡を辿りました。

この尾根は岩場があるので適当に眺望があり、黒田庄、西脇、加東とあちこちが見渡せて、藪っぽくてもそれなりに楽しめました。350m+の主尾根に出れば良い道があると期待していたのですが、さほどの道はありません。しかし踏み跡よりはましな道がありました。ここから金城山の間には、地形図では破線道が東西に通っていますが、鞍部ではなく不自然な位置に描かれており、じっさいこのような道はありません。

金城山山頂には、金城山三等三角点(399.34m)の他に梵語の刻まれた板がありました([2])。ここからは南南西に尾根道を降りました。これも立派な道ではありませんが、道であることはだいたい分かりました。「石上神社林」という標石がありました。石上神社は麓の加古川の西岸にある神社です。下の方に岩場の尾根が見えていて、268mピークに通じる吊り尾根だということは分かりましたが、そちらはあまりに急斜面なので諦めました。結局一番楽な尾根を辿ったのですが、この付近は平成19年5月の山火事の跡のようです。灌木は生えてきていますが、高い木はなく、もともと岩の多い場所なので、荒涼としています。馬の背のような尾根が何本もありますが、もともとは木が茂っていたのでしょう。降りてきた尾根を見上げたのが写真です。このコースは、[3]にある旧Aコースでしょう。

最後は細い灌木の間を縫って、谷に降りました。ここには川があって、草が茂っています。川沿いに道がありました。最初は北側を歩いていたのですが、南側の道のほうがはっきりしていたので、南側を歩いて行くと、金城池のゴルフ場に出てきました。途中には何やらコンクリートの大きな構造物があったりで、人の手が入っていてかえって歩きにくくなっていました。金城池の近くには「長明寺」「鹿野??(読めず)」という標識もありました。

次回は吊り尾根を歩いてみたいものだと思います。

展望 ★★☆
藪山度 ★★★
地形図は「西脇」「比延」です。

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