2012年9月23日日曜日

佐用町の桑野三角点


中国自動車道沿いに山崎から西に走ると、千種川から西は中国自動車道は金近トンネルがありますが、一般道では寺坂峠を通って桑野、庵、平福を経由して佐用に行くことになります。寺坂峠の南側には地形図で見ると複雑な地形があって、どんな所か見に行ってみました。

千種川を中国自動車道をくぐって北に遡ると、上三河と中三河の間付近に、鍛冶屋橋という人が渡れるだけの幅の橋がかかっています。地形図にもありますが、平成23年に架け替えられた立派なものです。橋を渡ると小さな墓地があり、そこから南に道があります。荒れていますが、いかにも杣道という感じの道で、ほぼ地形図どうりに山裾を通って谷を西に遡っていきます。途中で谷から上がってくる道と合流すると少し歩きやすくなります。谷の南側は伐採されており、谷の奥にはネットがありました。峠には大日如来を祭った祠があり、そこから北に登りました。ピンクのマーキングがあります。徐々に急になリ、木に掴まって岩場を登ると、山頂に出ました。桑野三角点がありました。三角点の少し手前からは、東側の展望がありました。ここは烏帽子山と言うようです([1])。

山頂からは意外と急な北側の斜面を降りて、そのまま尾根を降りて行きました。ここはかつての佐用町と南光町の町境です。薄めの藪を抜けると、地形図で南西に崖が描いてある330m+ピークに出ました。この崩落面は赤い砂地です。ピーク上には低い松が生えていますが、この付近は踏み跡があります。350m+ピークを過ぎると倒木の急斜面になるので、少し北側に降りて、地形図にある破線道に出て、鞍部に戻りました。この道も荒れて崩落が激しいです。鞍部からは西に尾根に上がりましたが、この尾根はかつては踏み跡があったようですが、今は倒木が多く、ひどい藪でした。しばらく我慢して登ると、少し平坦で歩きやすくなりました。さらにやや急な斜面を登って450m+ピークに出ました。付近は植林です。ここからは尾根を南に歩きました。きつい藪もありますが、長くは続きません。植林の鞍部を過ぎて急斜面を登ると、ネットのある尾根に出ました。この尾根はかすかに踏み跡があるくらいで、それもネットのどちらにあるか分からず、歩くのに時間がかかりました。431mピーク付近からは北の展望があって、庵の行者山(写真)や桑野の集落が見えました。ピークを過ぎると下りになりますが、藪は相変わらずきつく、岩場もあって注意を要しました。ネットが無くなる(はぐれた?)と少し歩きやすくなり、最後は急な植林を降りて桑野につながる破線道に降りました。

降りた地点はかなり桑野寄りだったので、峠までまず登りました。破線道は林道ですが、崩落で通れないところもあります。谷は幅が広く、かつては棚田になっていたようです。地形図にあるようにつづらに斜面を登って峠に出ました。祠がありましたが、中には何もありません。東側も同じような道で、つづらに斜面を降りていきます。谷に出るとここも棚田か畑があったようです。地形図ではこの先で破線道が分かれており、来た峠に戻るには谷の東側を歩くようになっていますが、はっきりした道がみつからなかったので、西側の道を歩きました。この道は斜面のやや上につけられており、ススキが茂っていました。しかし歩くには問題はありません。谷の東側を見ると倒木で埋まっており、歩くのは大変そうでした。しばらく歩くと草が減ってきて、歩きやすくなりました。道が谷の東側に移ると、川にはしっかりと護岸が作られており、そのまわりにかつては畑であったと思われる平坦地が作られていました。

このまま西に歩けば長谷の方へ行きますが、千種川に戻るには、その前に分岐で東に曲がる必要があります。この道も最初は良く整備されていますが、だんだんと荒れてきます。南の送電線の鉄塔へ行く金属の橋をいくつか過ぎて、谷が分岐するところで道の両側に赤い「火の用心」が立っていました。いかにも不思議だったのですが、深く考えずに谷の道を歩き続けると、道はどんどん荒れて、最後は谷の奥で終わってしまいました。GPSで調べるとここは奥長谷三角点(羽城([1]))の北東の谷でした。分岐まで戻って別の谷に行こうとしたのですが、道もありませんし東の谷は倒木だらけです。よく見ると、「火の用心」の付近から関電の黒いプラ階段が斜面に真っ直ぐ付いており、これを登って、さらに力づくで上に登ると、斜面に平行に走る作業道がありました。砂利が多くて歩きにくい道ですが、これを東に歩いて行くと、峠に出ることができました。首のないお地蔵さんが置かれている祠がありました。この付近は植林ですが、南からの尾根は自然林で気持ちよさそうです。ここから中三河への下山は、2011/02/27の逆ルートですが、斜面に付けられた道はかなり削られており、砂や砂利のところは滑落の恐れがあります。

最初に歩いた尾根のルートはとても分かりにくく見えますが、実際には谷の周囲を歩いているだけです。典型的な藪山と典型的に荒れた杣道を歩き続けた4時間半でした。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★★
地形図は「土万」です。

2012年9月22日土曜日

明延山と明神山


明延山は、宍粟市の北東の端の方、富土野トンネルの東にある山です([1])。一宮から国道429を走って揖保川を遡り、倉床川沿いに北上して桑垣を過ぎた所で青菜林道に入りました。ここは2011/09/24に来たことがあります。比較的良く整備されている林道を走り、「青菜川源流」の標識で道が二つに分かれている付近に車をとめて、源流の方向に歩きました。「うるしがさこ」(?)の標識の先の、地形図では右に行く破線道しか無い所で、再び林道が二つに分かれています。この真ん中の尾根を登りました。勾配は急ですが植林なので登りやすい尾根です。しかし標高差で50mも登ると再び林道に出会いました。先ほど左に分かれた林道の続きらしく、西から来てこの尾根でUターンしてまた西に登っていました。どこへ行っているのか興味がありましたが、主尾根に達するとは考えにくかったので、そのまま尾根を登り続けました。

勾配の緩やかな広々した植林を過ぎると狭い尾根に出て、西側が植林で東側が自然林となります。ちょっと藪っぽいのですが、すぐに宍粟市と養父市の境界の主尾根に出ました。ネットのある植林で、北側の山が見えます。ネット沿いに北に歩くと、ネットはすぐに無くなりましたが、やや藪っぽい感じです。途中で東側下方に林道が見えましたが、青菜川源流へ行く林道の続きかも知れません。明延山に近づくと広く木のない場所があって(写真)、南側の展望が広がりました。目立って高い山がないので、地形図と見比べても今ひとつ楽しみがありません。明延山三等三角点(786.35m)の周囲も広く、栗の木が生えていました。このピークは明延山というくらいで、明延からまっすぐ尾根を南に登ると出てくる地点です。そちらの方向の尾根も歩きやすそうでした。

ここからは東に縦走です。長い馬の背のような尾根を降りました。鞍部には破線道があるはずですが、形跡はありません。ネットがあって歩きにくい植林を登り、798mピークの手前に再び展望のある地点がありました。北の遠く方に妙見山、東には須留ヶ峰が見えます。798mピークを過ぎて鞍部から次のピークに登る斜面はネットと倒木とシダで埋まっており、非常に歩きにくい場所でした。しかしここを過ぎると尾根はミズナラ主体の自然林になって雰囲気が良くなります。なだらかで気持ち良く歩けましたが、770m+の尾根に登ると藪でした。この先は西側に展望があり、明神山四等三角点(791.24m)のある明神山([2])に着きました。周囲は伐採されていますが、三角点からの展望はありません。明神というのは、明延と神子畑の頭文字を取ったものでしょうか?明神電車というのもありましたね。この山は神子畑からはかなり離れていますが。

明神山からは下山で、南西向きの尾根を降りました。勾配はたいしたことありませんが、伐採した木が転がっていて歩きにくく、自然林になってほっとしました。そして、地形図どうりに林道に出ました。この林道はしっかりしており、自動車でも通れますが、谷は荒れています。林道沿いには「あしだに」「かまごや」「やなヶ段」などの標識があります。途中に江戸時代の墓が二基だけ立っていたのが印象的でした。そして、「青菜川源流」の分岐に出て来ました。

3時間半しか歩いておらず、ちょっと歩き足りない感じです。富土野トンネルから北の尾根はブナの自然林が素晴らしいのですが、こちら側は植林が多く、その点は期待はずれでした。

展望 ★★☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「大屋市場」「神子畑」です。

2012年9月16日日曜日

戸倉スキー場から赤谷山往復


戸倉スキー場から赤谷山に登るルートは2つあります。それを往復してみました。登りはスキー場の入口の振子沢ロッジから真っ直ぐ西に行った所の尾根です。地形図で道と川が分かれている地点がありますが、ここは実際には両側に川も道もあります。舗装道路から植林を通って北側の川を渡り、ぐるっとまわって尾根の先端に出ました。この付近は「大阪西ライオンズクラブの森」だそうです。最初はひどく急で手を使ってへばりつく感じで登りましたが、すぐに緩やかになり、あとは赤谷山までほとんど急斜面はありません。ずっと踏み跡はありますが、標高750m付近で北側から作業道が上がって来て、ますます歩きやすくなりました。この道がどこに降りているかを調べれば、立派な登山ルートとして使えます。やや急なところもありますが、植林の倒木が邪魔だったりはしません。作業道は標高900m付近で水平に北に行ってしまいますが、この後も踏み跡があって歩きやすく、宮向四等三角点(997.66m)に着きました。周囲は伐採してあり、南に若干の展望があります。

三角点の先には地形図で見ると標高1000mの標高線が細長くうねっており、細い岩場かと恐れたのですが、ごく普通の細尾根でした。この付近からややチシマザサが増えてきますが、数も少なく背も低いので問題になりません。巨木もあって楽しめます(写真)。やや急勾配になって、チシマザサがうっとうしくなってくると、稜線に出ました。兵庫県と島根県の県境です。赤谷山と北の1143mピークの間にある1190m+ピークの南に出てきました。ちょっと南に歩くと赤谷山山頂です。この日はガスが多く、氷ノ山や後山は雲に隠れていましたが、展望は十分ありました。落折二等三角点(1216.44m)と、宍粟50名山の標識があります。

下山は前にも使ったスキー場の上に出るコースをとりました。登ってきたコースに比べるとチシマザサが多いのですが、しっかり刈られていますし、木の間が広い開放感あふれる林を通るので、コースとしてはこちらの方がお勧めです。今回は登り口近くに降りようと思って、最後はスキー場上部の建設省戸倉基地局には行かず、尾根を北に831mピークへと歩きました。ここは岩の多い細尾根を通ります。831mピークからは下山路に悩みましたが、なるべく川の下流に出ようと北東向きの尾根を降りました。ここは非常に急でしたが、作業道の名残がありました。最後は谷が合流する地点に出て、ここから下流側は谷沿いの道がありました。しかし上流には延びていなかったので、下流に向かって降りたのは正解のようです。この地点には、「奥山保全トラスト」による「入山禁止」の紙が下がっていました。

標高差は600mありますが、全行程3時間強しかかかっておらず、姫路から1時間半かかることを考えるとちょっと物足りない感じでした。

展望 ★☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「戸倉峠」です。

2012年9月15日土曜日

朝来市田路の西山三角点


朝来市田路の絵本三角点に登った時(2012/08/30)に気になった山です。田路川の北沿いの山としては、一番手前にある低い山ですが、川の上流側の山から見るとひと続きの山並みの先に形よく見えていました。

一番の問題はどこから尾根に登るかですが、あまり先端から登ると戻ってくるのが大変そうですし、途中からだと尾根までが遠くなります。結局、口田路の橋のところに山に入る道を見つけて、そこから登りました。しかし実はこの道は墓に登るためのもので、その先は急斜面の植林となってしまいます。この斜面は足場が悪く、何度も滑りかけました。上を見上げるとネットがあり、真っ直ぐ登るのはやめて東に斜面を斜めに歩き、東にあった尾根にたどり着きました。これも急勾配の尾根で、時々木に掴まりながら真っ直ぐに登り、やっと400m+の主尾根に出ました。

ここからは尾根歩きなので快適でした。この尾根はシダよりもササが多いのですが、背は高くありません。ときどき展望があり、北には竹田城跡が見えました。そのうちに北の婆々山(馬場山?)が見えるようになると登りになりました。この付近は尾根にネットがあります。ここを登り切ると平坦な植林に出ます。いかにも城跡らしい平坦地もありますが、田路城というのはここではなさそうです([1])。植林を気持ちよく登って行くと、お花畑(?)の中に西山三等三角点(666.98m)がありました(写真)。

三角点からはやや急な下りですが、途中で田路川上流側が見えて、これから歩く笠杉山までひと続きの山並みが見て取れました。標高750m付近には倒木地帯があり、その先の690m+鞍部には共同アンテナの残骸がありました。この先は登りですが、720m+の小ピークの先は細い岩場の尾根となっており、ちょっとスリルを味わいました。さらに575mピークへは急勾配の登りとなりますが、岩が多くて足場が良いので意外と楽に登れました。575mピークからは、やや荒れた尾根を西に進みました。3つ目のピーク付近でどう下山するかを検討したのですが、南に伐採されて展望の良い場所がありました。ここからは、トンガリ山まで連なるひと続きの尾根が見えました。しかし南への下山は難しく、結局植林と伐採地の境界を西に歩いて、地形図の破線道の鞍部に出ました。破線道は見当たりません。北側は植林ですが、南は植林と自然林の混ざった急勾配の斜面です。あちこち降りてみて、結局西側に植林の尾根を見つけました(地形図でははっきりしません)。これを降りましたが、結局どこを降りても結果は同じで、植林の谷に出て来ました。湿っぽく、ガレ石の上に倒木と枝が積もった最悪の谷です。悪戦苦闘してしばらく降りると作業道に出て来ました。これを下って行くと、破線道の谷に建設された堰堤に出て来ました。作業道で道に出ることができました。ここは奥田路なので、口田路まで田路川沿いを歩いて帰りました。

登りと下りは大幅に改善の余地がありますが、意外と展望があって尾根そのものは楽しめました。

展望 ★★☆
藪山度 ★★☆
地形図は「但馬新井」です。

2012年9月14日金曜日

多可町の大井戸山と竜ヶ岳


多可町加美区の大井戸山と竜ヶ岳は、その間にある清水坂から登るのが一般的のようですが、真ん中に登って右と左の山に行くなんて、無駄が多すぎです。そこで、大井戸山に杉原川からダイレクトに登ってみることにしました。その理由は、この山の裾野が地形図でとても美しいからです。頂上から裾野に向かって等高線が徐々に広がっていく様子は、まさに富士山のようです。つまり、播磨のほとんどの山は裾から登ると最初が急斜面で辛く、だんだん楽になるの対して、これらの山は最初は楽でだんだん急斜面になるのです。このことは田中眞悟著「兵庫の地理」にも書かれており、麓屑(ろくせつ)面として説明されています。

車を国道427沿いの轟に停めて、杉原川を渡ってやけにきれいに舗装された道を登って行くと、大井戸山の山麓に道が作られていました。しかも「ラベンダーパーク多可」というものまで建設されています。それが綺麗な山裾を見事に円周状に切り取っています。この様子はGoogle Mapでも見ることができたのですが、知りませんでした。しかたなくラベンダーパークの北側の駐車場から植林に入りました。この辺りは、まだなだらかな山裾ですが、ラベンダーパークの北側の植林には石積みがあり、かつては段々畑だったようです。しばらく登ると送電線鉄塔に出ました。奥多々良木線30です。ここからは送電線の巡視路で登ろうと思っていたのですが、登っていく巡視路が見つかりません。結局植林の中を適当に登りました。送電線の下は谷で藪っぽいため、だんだん進路は北にずれて行きました。この付近は植林の間に大きさ1m前後の岩が転がっています。特に谷には岩が集まっています(写真)。尾根に出て登って行くと、だんだんと勾配が急になり、それにつれて岩が大きくなっていきました。溝の刻まれた尾根を登って行くと、岩盤に突き当たって、そこからは木に掴まって登る急斜面になりました。標高にして500m付近です。あとは標高差200m以上を、大きな岩の間を縫って木に掴まって登りました。とは言っても時々は平坦地もあって、休みながら登れました。踏み跡や地籍調査のピンクテープ、それに多可町の地籍調査の杭が目印となります。藪というほど木の間隔が狭いところはありません。そして、いきなり目の前が開けたと思ったら、山頂でした。南に展望があり、目標にしていた尾根上の鉄塔が下の方に見え、杉原川沿いが見渡せます。この日は小雨で見通しが悪かったのですが、それでも大展望でした。実はここは大井戸山の山頂ではなく、ちょっと東に行くと大井戸山四等三角点(794.19m)がありました。

ここからは登山コースで尾根伝いに竜ヶ岳へ縦走しました。大井戸山の東の尾根は岩が多く、尾根を歩いていると大きな岩の端に出て歩けなくなることがあり、その時は巻いて歩きました。丁寧すぎる道標は無いので、楽しんで歩けました。木々の間から篠ヶ峰が見えます。750m+の竜ヶ岳から篠ヶ峰へ延びる主尾根のピークには、多可町の地籍図根三角点がありました。篠ヶ峰方向には何の道標も無いのが気になりましたが、竜ヶ岳へは北上です。岩もありますが、植林が増えてきます。706mピークには、氷上町三原に降りる道標がありました。そして清水坂に降りると、弘化3年のお地蔵さんと、炭焼き窯にしては立派すぎる石積みがありました。ここからまた登りで、竜ヶ岳まではほとんど植林です。時々氷川町も千ヶ峰も見えます。竜ヶ岳山頂は標識がいくつもあり、竜ケ岳三等三角点(816.74m)もあって賑やかでした。展望も素晴らしく、多可の天空に杉原川、ラベンダーパークもよく見えました。

下山は清水坂に戻る気はさらさらなく、竜ヶ岳から西に延びる尾根で降りるつもりでした。じっさいこの尾根には踏み跡があり、多可町の地籍調査の杭などのマーキングがあって、登山道と呼んでも良いくらいでした。ただ、道なりに降りていくと予定していた南寄りに西に延びる尾根ではなく、北寄りの尾根を降りていることに気付きました。踏み跡があって歩き易いのでそのまま降りると周囲は植林となり、湯風呂谷四等三角点(458.77m)に出て来ました。この先の植林では多可町の地籍調査の杭が2本ずつ道を挟んでペアになって埋められていました。ずっと歩き易い尾根なのですが、最後は非常に急斜面となり、南の林に逃げ込んで降りました。降りると林道がヘアピンに曲がっている地点に出ましたが、これは地形図には無い林道で、北側の谷を伐採しているようでした。林道沿いでは伐採作業が行われていたので林道は降りずにさらに植林を降りて下の林道に出ました。あとは林道と国道を歩いて轟まで帰りましたが、国道427は歩道がないので、できれば南向きの尾根で降りたほうが楽だったでしょう。

目標の送電線沿いではなかったのですが、迷うことなく登れたので正解と思います。なお、「ラベンダーパーク多可」で案内図を読むと、「大井戸山までの登山道も整備されています」とありました。

展望 ★★☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「丹波和田」「大名草」です。

2012年9月11日火曜日

多可町の三国岳


三国岳はその名のとおり、播磨、但馬、丹波に跨る山です。今では多可町加美区と、丹波市青垣町と朝来市生野町の接点となっています。多可町から登りましたので、多可町の三国岳としておきます。

登り口は、国道427の道の駅「かみ」の北側、山寄上の林道大玉線です。「三国岳登山口 山寄上コース」という案内板が立っています。害獣避けの扉の向こうは沢沿いの林道で、良い道です。2つ目の堰堤のところで北に大きくカーブしており、この先の北側の尾根をまっすぐ標高差400m登れば三国岳ですが、この日は雨上がりだったので登山道を歩くことにして先に進みました。林道(地形図の実線道)が最後に北に曲がる手前に南に行く分岐があり、「くらしを支える森づくり事業」の看板が立っていました。ここに南に行く道標があるかと思うと、ありません。そこで林道を更に歩くと、地形図通りに北に曲がって終点でした。その先は昔は道があったようですが、今は谷沿いは藪化しています。まったく登山道の案内板が無いのですが、林道の終点の手前に西の山に登る作業道があったので、これを登りました。これはしっかりと作られた道で、最初は蜘蛛の巣を払って歩きましたが、少し登ると植林になって、尾根上か南側斜面を通っていました。やや登り疲れた頃に、南からくる尾根と合流し、ここに「山寄上部落へ下山コース 大玉林道迄 約400m」という道標がありました。つまりこの道は正解だったわけです。距離は確かに400mですが、登りではもっと長くに感じられました。ここからは正規の登山道ですが、「三国岳登山コース 5合目 あと 1,200m」という道標があってがっくり来ました。5合目まであと1200m!?と思ったのですが、これは山頂まで1200mという意味のようです。

植林を登ると、三国峠に出ました。案内板が何枚も立っています。「生野町へ下山コース」という道標の先を見ると、峠のすぐ下に林道が通っていました。三国峠からは植林の中の登山道を登りました。この日は雨上がりで、林に立ちこめた霧が幻想的でした(写真)。2合目を過ぎると、突然尾根に西から林道が登ってきていました。砂利を敷いた新しい林道です。林道は尾根の西側に作られており、林道を歩くほうが楽ですが、そうすると「御手洗池跡」や「播磨おどり場」を見落としてしまいます。尾根道を登って行くと、今度は林道が尾根を西から東に横切っていました。ここから少し尾根を登ると三国岳山頂です。三国岳三等三角点(855.16m)もあります。南向きに展望があります。しかし南側2m下には林道が走っており、雰囲気がありません。標高差400mを真っ直ぐに登ってきてこの林道を見たら、がっくりして自殺したくなるでしょう。

山頂の林道はさらに東に伸びており、伐採地の上からは大展望が広がります。この日は雨の後で霧や雲が多かったのですが、氷上町の方も見えましたし、天気が良ければ海まで見えるかも知れません。しかし林道は標高800m付近の伐採地で終わります。林道の北側尾根沿いには頑丈なネットがあり、林道の終点に尾根に出る出入口があったので、北側に出ました。この先しばらく尾根沿いにネットが続きますが、じきにネットは南に尾根を降りていきます。この付近は藪っぽく、ネットの南側の伐採地を歩くほうが楽かもしれませんが、ネットには出口があまり無いので、尾根を歩いたほうが楽だと思います。ネットから別れると尾根は東に急な下りですが、ピンクのマーキングがあるので迷わず降りられました。この先もずっと下りなので不安になりましたが、地形図でも標高200m以上下っています。周囲は植林がほとんどですが、手入れはよくありません。途中で北側の青垣町大名草の方が見えました。金色の稲が綺麗でした。この先は荒れた植林が多く、650m+の小ピークも荒れていました。さらにその次の630m+ピークを過ぎるとマーキングも無くなります。シダが生い茂っているところもありますが、少し巻いて歩くと踏み跡がありました。下島山四等三角点(558.38m)の手前はイバラの藪だったので、北側の植林から登りました。この先は550m+の小ピークから南に延びる尾根で別荘地帯の北に出るつもりだったのですが、何を血迷ったか三角点のすぐ東の尾根を降りてしまいました。そんなに急な尾根ではなかったのですが、植林の谷に出てしまいました。幸い荒れた作業道を見つけて破線道に出られました(が、ヒルにくっつかれました。だから尾根で降りたかったのですが)。この破線道も荒れていて橋が流されていますが、無事に別荘地帯に出ることができました。

山頂まで80分、全部で3時間と、意外とショートコースでした。

展望 ★☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「大名草」です。

2012年9月3日月曜日

波賀町の十年三角点


2012/08/27に歩いたばかりの宍粟市波賀町と養父市大屋町の境界の尾根ですが、自然林が美しいのでもう少し北を歩くことにしました。周回コースにするために、起点は国道29号線から氷ノ山広域基幹林道に入ってすぐの所にあるヤマメ茶屋にしました。

ヤマメ茶屋のすぐ裏の尾根から登ったのですが、川を渡らねばなりません。広域基幹林道を少し行ったところから川に降りて、なるべく楽に渡れる所を探して北側に渡りました。帰りに見たところでは、むしろ茶屋の東の宮ノ後林道から渡るほうが楽かも知れません。というのは、今回渡った所があまりに急斜面で登れないからです。川に沿って古い道があったので東に行ってみましたが、尾根の終端の手前で終わっていました。しかたなしに急斜面をよじ登りました。意外と土はしっかりしていましたが、危険なことに違いはありません。尾根に出ると急勾配ですがなんとかまっすぐに登れました。この尾根は最初は植林ですが、ほとんどは自然林で、巨木こそありませんが緑が綺麗です。少し登ると平坦地があり、この先はだいぶ楽な登りになりました。

ちょっと岩もあり、緑も美しい尾根を登って行くと(写真)、坂ノ谷四等三角点(938.50m)がありました。周囲は伐採してありますが、展望はありません。ここからはさらに楽な尾根で、右手は植林、左手は自然林またはその逆という組み合わせが続きました。植林も手入れが行き届いていて綺麗です。標高1050m付近からは幅の広い植林の尾根になります。どこを歩いても良いのですが、地面は枝打ちされた枝で埋まっており、間伐された木も転がっているので、意外と歩きにく所でした。平坦地の北まで来るとチシマザサが増えてきます。最後はチシマザサに突っ込んで北の細い尾根に抜けました。そしていきなり鉄塔?!と思ったら、反射板でした。戸倉反射板(1996年12月 建設省近畿地方建設局)とのことです。国道の積雪情報でも送っているのでしょうか?

チシマザサをかき分けて、町界の尾根に出ました。「94」の標石と「戸倉殿下コース30神姫バス」の金属板が健在です([1])。とは言え、後者は「殿下」の部分がほとんど読めなくなっていました。ヤマメ茶屋の近くの案内板を見ると、殿下コースはもっと西の方に描いてあります。ここからは東に町界の尾根を歩きました。最初はチシマザサが少し邪魔ですが、1080mピーク付近になるとなくなって、あとはひたすら植林でした。手入れされた植林なので歩きやすく、枝に足を取られそうになる他は、気持よく歩けました。この尾根は分岐も多く、なんとなく歩いていると間違った方向に行ってしまいます。数字の入った標石やテープのマーキングなど、目印は多いのですが、それほど頻繁にあるわけでもないので、探しながら歩くのも大変です。結局は適当に歩いて、時々現在地を確認しましたが、何度か間違えました。995mピークに行ってしまったのも間違いです。

ほとんどは緩やかな尾根ですが、何箇所か短い急登もありました。その一つを登ると、十年三等三角点(1039.09m)という面白い名前の三角点がありました。ここも伐採されていますが、展望はありません。ここを過ぎると周囲はコナラ(ミズナラ?)などの自然林に戻り、大きな木もありました。一つピークを急登して降りると、下りの分岐点996mピークです。ここには178という数字の入った標石があるのですが、一つ手前のピークは671でした。続き番号ではないようです。996mピークから南に降りましたが、広い斜面で行き先に悩みました。結局一番道らしい所を降りていけばよかったようです。その先は植林の尾根になり、自然林を通って宮ノ後四等三角点(871.31m)に出て来ました。このあたりも雰囲気の良い森です。西にちょっとだけ展望がありました。この先は地形図で見ると西に刀のような形に延びている長い尾根を歩きました。北側は自然林、南側は植林で、緑の美しさに目を奪われました。尾根の先端は少し北に曲がっていて、植林の急斜面を降りました。降りたところに小屋があったのですが、中は水槽のようでした。ヤマメ茶屋の水源かも知れません。降りてきた尾根の北側の谷には荒れ果てた林道がありました。すぐに宮ノ後林道に出て、出発点に戻りました。

手入れの行き届いた植林も美しいものですが、植林の暗さに比べると自然林の明るさは心地良いものです。紅葉の季節にも歩いてみたい尾根でした。

展望 ★☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「戸倉峠」です。

2012年9月2日日曜日

一ヶ乢から女乢


宍粟市山崎町小茅野(こがいの)の北に、一ヶ乢という峠があります。ここから千種町鷹巣の女乢まで、名前につられて山の上を歩いてみました。小茅野から一ヶ乢までは農地の間に道があります。峠には関電の赤い「火の用心」以外は何もありませんが、昔何かがあった雰囲気はあります。道は峠を越して北側に行っているので、戻ってくるのは簡単だと思って、安心して東の尾根を登り始めました。

雑木林ですが木の間隔が広く、勾配も小さいので歩きやすい尾根でした。途中で関電の巡視路と合流し、770m+ピークに出ました。ここで南の尾根にちょっと足を延ばして、高圧線の鉄塔を見に行きました。山崎智頭線27です。東に降りる巡視路もありました。周囲は伐採されており、南の展望があります。黒尾山や日名倉山も見えました。再び770m+ピークに戻って尾根を東に歩きました。地籍調査のテープが目印で、その先北に曲がる所も間違えずにすみました。この付近はいかにも鉄穴流しで削られた地形になっていますが、全体に平坦で、歩くのは楽です。植林になっているところが多く、やや暗い尾根でした(写真)。772mピークには伐採された木が転がっていて雑然とした感じでした。

歩きやすくて陽も当たらず風もあるので、真夏の山歩きとしては悪くないのですが、退屈な感じです。772mピークの北の760m+ピークではいきなり右折ですが、これも地籍調査のテープで確認できました。この北も植林が続きますが、突然尾根に真新しい砂利の林道が出現しました。東から上がってきて、尾根で終点になっています。興味があるので少し歩いてみましたが、北東に斜面を降りて行っていました。おそらく地形図で千草カントリークラブの東から南に伸びている破線道の枝道ではないかと思います。そちらに行く気はないので尾根に戻りましたが、林道に比べると藪が鬱陶しく感じられました。じっさいここまでと比べるとこの先は藪っぽくなります。800m+ピークは藪です。ここまで歩いてきた尾根は山崎町と千種町の町界ですが、この先女乢までは町界ではなく、そのせいか(?)藪です。とりあえず植林を選んで降りていくと、女乢の上に出られました。ここは北側の山々が見える展望地です。この斜面は崖崩れ対策がされており、歩きにくくなりました。結局井戸(?)を見に行ったついでに東の方の空き地を歩いて道路に出ました。これは正解で、斜面の下は崖崩れ対策のおかげでとても降りにくそうでした。

地形図に書いてある女乢の記念碑は見つからず、何の説明書きも無いようでした。しばらくは鷹巣の方へ舗装道路を降りて行きましたたが、639mの山の東側を通る道を歩くと、地形図では南に山の中を歩いて下鷹巣に出る破線道があります。普通は破線道はあまりあてにしないのですが、この付近では歩ける破線道が多かったので、試してみることにしました。早田から建物の間を南に行く道は見つからなかったのですが、墓地に行く道があり、その上に害獣避けの金網があって、入り口がありました。ここから山に入って西に行くともう一つ入り口があり、そこからいかにも杣道という感じの道が山に向かって延びていました。これが破線道に違いなさそうなので、谷沿いにこの道を歩きましたが、すぐに終わってしまいました。後は倒木だらけの植林の暗い谷でした。なるべく破線道に忠実に歩いたつもりですが、踏跡すらありません。谷はあまりにも歩きにくいので、植林の中に作業道の跡を探して尾根まで登りました。尾根の向こう側も植林で、道はあるのですが水平道らしく降りていくかどうかは定かでありません。結局はまた尾根沿いに植林を降りると、コンクリート舗装の林道に出てきました。この林道はもっと東に伸びており、Googleマップなどで見られる道路のようです。これを下鷹巣の方へ降りていくと、「林道押ヶ谷線 延長L=1097m 幅員W=3.0m 昭和38年竣工」と書かれた杭がありました。この先も谷沿いに降りていくと、下鷹巣に出ました。

下鷹巣から一ヶ乢に行く破線道は、林道を降りて行くと舗装道路のすぐ手前にあり、これは無事に見つけられました。しばらくこの道で谷に入って行くと、段々畑の跡地に出て、行き止まりでした。しかたなしに北斜面の植林を登って行くと、杣道があって、これは真っ直ぐに谷を登っていました。この道で一ヶ乢に出られると思っていたら、最後は伐採した木の転がっている、湿地のような谷に出てきました。当然道も消えてしまったので、湿地を抜けだして適当に登って行くと、林道に出ました。確かに地形図で見ても、一ヶ乢はこの谷の突き当りにはありません。出てきた林道を西に歩くと、ほぼ水平に一ヶ乢に出てきました。最初に確認したのはこの林道だったのです。この林道の北の端がどこに行くのかは分かりませんが、ここまで歩いた範囲で西からこの山並みに入っていたのは押ヶ谷林道だけだったので、そこに繋がっているのかも知れません。

後半は藪山探検に相応しくなってしまいましたが、前半の尾根は鉄穴流しの跡を探しながら歩くと楽しいかも知れません。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★★
地形図は「千草」です。